第七章 にせものW

(1)


尾津とユキは、その後も何度か逢引きを繰り返していた。
逢引きと言っても、お茶を飲み、その後当てもなく街なか
を歩いて、夜食事をして帰るという、ただそれだけの事だ
ったが、尾津にとってそれは、特別の意味を持っていた。

それは、愛などという甘い感情ではなかった。
情熱を失った芸術家とコールガール、この二流ドラマにあ
りがちな関係の、世の中からはじき出されかけている者同
士の傷の舐め合いの様な、同じ病棟、同じ病室の患者同士
の憐れみ合いの様な、もの寂しい安息が、彼にはかけがえ
のないものに感じられるのだった。

ある日の夕刻近く、二人がいつもの様に街なかを歩いてい
ると、空の雲行きが怪しくなってきて、ぽつりぽつりと雨
が降り始めた。
傘を持っていなかったので、しばらくそのまま濡れるに任
せて歩いていたが、雨は次第に激しくなってきた。
堪らず二人は大通りから裏道へ入り、行き当たった古い小
さなラブホテルへ、逃げ込む様に入って行った。

部屋に入るとユキは、全身ずぶ濡れのままベッドの脇に腰
掛け、うつむいたまま固まって、じっと動かなくなってし
まった。

雨の中を歩いている時から、尾津は少し様子がおかしいと
思っていたのだが、今の彼女は強ばった蒼白な顔をして、
肩やひざをがくがくと震わせていた。

こんな姿の彼女を見るのは初めてだった。
明らかに何かを思い出して、それを恐れている様子だった。

尾津は心配そうに彼女の横に座り、その顔を覗き込んだ。
するとユキは、声を絞り出す様にしてこう言った。

「私‥‥前にも来た事があるの‥‥ここに‥‥」






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