(2)


ユキはようやくそれだけ言葉を絞り出すと、あとはもう何
も言えずに、声を殺してすすり泣き始めた。
過去に負った心の傷が、再びぱっくりと口を開けてしまっ
たのであろう事は、尾津の目にも明らかだった。

普段、人前で見せている仮面を脱ぎ捨てた、素顔のユキが
そこにいた。
さらけ出されたその顔は、今までに見た事がないくらいに
痛々しく、哀れだった。

尾津はそっと彼女の肩を抱き、もうそれ以上何も訊ねよう
とはしなかった。
訊いたところで仕方がない、自分にはこの子の悲しみを取
り払ってやる事など出来はしない、いや、むしろ彼は、そ
の悲しみを取り払いたくないとさえ思っていた。
何故なら彼には、今こそ彼女が自分にとって、一番身近な
存在になったと思えたからだ。

「もう泣く事なんてないって、思ってたのに‥‥」
嗚咽の合い間からそう呟いて、ユキは尾津の胸に顔をうず
めた。

(俺たち二人は今、この世界の底辺の、更にその下の狭い
穴の底に落ち込んで、何も出来ずに寄り添っているんだ。)

その夜、二人は獣の様にお互いの体を求め合い、何も満た
されぬまま果てた。
悲しい人間同士の、悲しいセックスだった。

そして明け方、二人はベッドの中で、一緒に死ぬ約束をし
た。






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