(2)


呪縛から解かれた様に尾津は慌てて走り出し、そのまま階
段を駆け上がって、改札を通り抜けた。

恐怖。

この期に及んでとてつもない恐怖感が、彼の全身を征服し
ていた。彼は自分でも訳が判らぬまま、ここまで逃げて来
てしまったのだった。
改札を抜けると尾津は、ようやくほんの少し落ち着きを取
り戻したが、両ひざはまだがくがくと震えていた。

(戻らなきゃ。あの子が待ってる。)

だがどうしてもその足は、もう一度改札へ向かおうとはし
てくれなかった。
尾津はすっかり放心して、しばらくその場に呆然と立ち尽
くしていたが、やがてふらふらと、改札とは反対の方向へ
歩き出した。

駅を出ると当てもなくさまよい歩き、いつの間にかぐるり
と回って、線路の上に架かる橋まで来て、そこで無意識に
足を止め、橋の向こうの線路に視線を向けた。

尾津は思わずぎくりとした。

少し先の方に見える駅のホームに、二本の缶ビールを手に
持ったまま、ぽつんと立っているユキの姿があった。
しかしあまりに遠くて、その顔の表情まで見定める事は出
来なかった。

尾津は堪らず、すぐに目を逸らした。
彼は何も考えられなかった。彼はただ、何もかもが怖かっ
た。

そして再びふらふらと歩き出し、まるで夢遊病の様に、街
の中へと吸い込まれていった。






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