(2)
震災から半年ほどが過ぎると、Sに対する周囲からの非難
や疎外は収まるどころか、ますます厳しくなっていった。
皆陰で彼の事を「冷血漢」「エゴイスト」「人でなし」な
どと呼び、中には彼の机や下駄箱に、そうした言葉を落書
きする者まで現れた。
それはもはや疎外の域を超え、いじめと言ってもいい程で
あった。
ある日の放課後、僕が校舎に囲まれた狭い中庭を通りかか
ると、物陰から数人の大きな声と、争う様な物音が聞こえ
て来た。
不審に思い、そっと覗いてみると、クラスの男子がSを取
り囲み、何やら声を荒げて詰め寄っていた。
Sは肩を強く突かれて大きく後ずさり、その足をすくわれ
て、背中から地面へどっと倒れ込んだ。手に持っていたカ
バンからノートや本が飛び出し、辺りに散乱した。
なおも加害者たちは、憎悪のこもった眼差しで彼を見下ろ
し、今にも飛びかからんばかりの勢いだった。
その時、ふとその中の一人が僕の気配に気づき、こちらに
目をやった。すると、他の者も皆一斉に顔を上げ、僕の方
に視線を集めた。
彼らは僕を睨み付け、そのまま何も言わずに、気まずそう
にSから離れて、渋々その場から立ち去って行った。
しばらく呆気にとられて立ちすくんでいた僕の前で、Sは
表情ひとつ変えずに起き上がり、散らばった本を拾い始め
た。背中にはべっとりと泥がついていた。
僕はどうしたらいいか迷っていたが、そのまま立ち去るの
も何となく気が引けたので、彼が本を拾うのを手伝ってや
った。
Sは一度僕の顔を見て、礼のつもりなのか、軽く頭を縦に
振ったきり、また視線を落として作業を続けた。
以前から僕は、彼に対する周囲からの冷たい仕打ちを苦々
しく見ており、また彼にほんの少しだけ共感する思いもあ
ったので、この時の彼の姿が、何となく憐れに思えて来た。
「何をされたんだ?」
拾った本を手渡しながら、僕は彼にそう話しかけた。
Sはしばらく間をおいてから答えた。
「別に‥‥何でもないさ。今に始まった事じゃない。」
これが僕とSが交わした、初めての会話だった。同じクラ
スになってからそれまで、僕らは一度も話をした事がなか
ったのだ。
「前にもやられたのか? ひどい奴らだな。」
本を拾い終えて立ち上がりながら、僕はSに同情をこめて
そう言った。するとSは、そんな僕の心を見抜いた様に、
淡々と言葉を返してきた。
「同情なんかしなくていいよ。こんなのどうって事ないさ。
きっとあいつらには僕のやる事なす事が、全て気にいらな
いんだろう。」
その声も眼差しも、恐ろしいほど冷やかで、うっすらと笑
みさえ浮かべていた。
僕はだんだん心の中で、彼に対する奇妙な好奇心が燃え膨
らんで来るのを感じていた。
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