(3)


僕は思い切って彼に問いかけてみた。
「どうして君は、みんながやってる事に協力しようとしないんだ?
だからこんな目に会うんじゃないのか? たとえ嘘でも、妥協して
みんなに調子を合わせていれば、こんな事されずに済むだろう? 
なんでわざわざ自分を面倒な方へ追い込む様な真似をするんだ?」

するとSは、その冷たい目を僕に向け、嘲る様に笑いながら答えた。
「僕は偽善に加担する気はないよ。」
「偽善? どうしてそう思うんだ?」

Sは少しためらって、僕の顔を探る様に覗き込みながら、またおず
おずと口を開いた。
「あいつらはあれを、自己犠牲の精神でやってるつもりらしいが、
とんだお笑い草だよ! あんなものは自己犠牲なんかじゃない。た
だの自己満足さ。不幸な人たちに施しをした気分になって、それで
善人ぶって喜んでるだけさ。結局は自分たちのために、自分たちの
エゴを満たすためにやってるんだ。そんなのは本当の自己犠牲じゃ
ない。本当の自己犠牲は自分のためじゃなく、自分の身を滅ぼして
も、他者に尽くす事だ。」

何かに憑りつかれた様に、次第に熱を帯びてゆくSの勢いに押され、
僕はうろたえ気味に聞いていた。
Sは、そんな事もお構いなしに話し続けた。
「でもまあいいさ。自分たちだけでそれをしてる分には、何も文句
を言う気はないよ。だがあいつらはそれを、僕にも押し付けて来る。
おかしいじゃないか! 自己犠牲でやってる事なら、なんでそれを
人にも強いるんだ? あいつらのやってる事は自己犠牲なんかじゃ
ない! ただのエゴだ! だから自分たちと同調しない者が許せな
いのさ。あいつらはみんなエゴイストだ! 偽善者だ! 僕にはそ
んな事出来ない。自分を偽って善人ぶるなんて、真っ平だ!」

普段、慈善活動に関しては消極的だった僕も、Sのこの皮肉に満ち
た、冷やかで傲慢な言い分には、さすがに少なからぬ反感を覚えた。

「だけど、君の言うその偽善のおかげで、救われる人たちがいるの
も事実だろ? たとえエゴでも偽善でも、何もしないよりはずっと
いい。君は‥‥君は何とも思わないのか? 被災して苦しんでる人
たちを見ても、何も感じないのか?」
僕は柄にもなくむきになり、そう言ってSに食って掛かった。

しかしSは、少しも動揺の色を見せず、相変わらず口元に嘲り笑い
を浮かべながら、再び話し始めた。
「じゃあ聞くが、苦しんでいる人たちというのは、その人たちだけ
なのか? 今の世界中には彼らだけでなく、それと同じぐらい、い
やそれ以上に苦しんでいる人たちがいるんじゃないのか? 彼らだ
けが目立って見えるのは、その災害の規模の大きさのせいだ。百人
の不幸はニュースになるけど、一人の不幸はニュースにならない。
でもその一人一人の苦しみの大きさは、災害の規模の大きさとは関
係ない。そんなもので比較など出来ない筈だ。
世間の人たちが皆、震災の被害者たちにだけ支援の手を差し伸べる
のは、彼らだけが際立って目立つからさ。
自分たちの目に見える所に他人の不幸があるのは、誰でも気分のい
いものじゃない。少なからず、自分の幸福に引け目を感じるからね。
だからそれを解消するため、目立つ他人の不幸はなくしたいのさ。
そのかわり、自分たちの目に見えない不幸には、注意を払おうとは
しない。そんなものは、自分たちが快適に生活するのに、何の影響
もないからね。
これが世の慈善活動の正体さ。結局みんな、自分のためにやってる
んだよ。」

Sの言葉は、ますます冷たく凍りついていく様だった。僕の耳には
彼の声以外、何の物音も聞こえなくなっていた。
そして自分の中で、彼のこうした言い分に対する憤りが、徐々に膨
らんでいくのを感じていた。
僕の胸に、何としてもこの言い分には反論しなくてはならない、と
いう思いが募って来た。






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