(3)


今日はレトロックの初出勤の日です。レトロックは胸をわ
くわくさせながら、研究所に向かいました。
研究所に着くと、レトロックは講習室で待っているように
言われました。広い研究所の建物の中で道に迷いながら、
ようやく講習室にたどり着くと、中にはまだ誰もいません
でした。そこは五十人ぐらいが座れる広さで、横長の机が
何列も並んでいて、正面の壁には横長の黒板が掛けてあっ
て、その前に演壇がひとつ置いてありました。レトロック
は少し緊張しながら、ぽつんとひとり部屋の真ん中に座っ
て、誰か来るのを待ちました。
しばらくすると、部屋の後ろのドアが開いて、黄色に茶色
の縞模様の虎猫が、きょろきょろしながら入ってきました。
虎猫はレトロックを見つけると、足早に近づいてきて、隣
の席に座りました。
「君も研究員見習いかい?」
虎猫はレトロックにたずねました。
「うん。君もかい?」
「そうだよ。僕の名前はルアーノだ。」
「僕はレトロック。」
「よろしく。」
「こちらこそ。」
それからふたりは、自己紹介をし合いました。ルアーノは、
ツォルカーナのとなり町のナーグアーツに住んでいて、レ
トロックと同じ歳で、彼もまた高等学校を卒業してすぐに
試験を受けたのです。
「うちは貧乏なんでね。上の学校になんか行かないで働け
って両親が言うのさ。でもまさか、合格するとは思わなか
ったよ。」
そう言ってルアーノは笑いました。
「それにしても、ほかのやつらは遅いな。」
「そうだね。」
ふたりが心配になって話していると、部屋の前の方のドア
が開いて、白衣を着てひげを生やした、太っちょの六十歳
ぐらいのおじさん猫と、その後ろから、やはり白衣を着て
めがねをかけた、小柄でやせっぽちの五十歳ぐらいのおじ
さん猫が入ってきました。ひげの太っちょ猫は演壇の前に
立つと、えへんとひとつ咳払いをしました。
「えー‥‥ん?」
太っちょ猫が話を始めようとして前を見ると、レトロック
とルアーノのふたりが、はるか後ろの方の席に座っている
のにようやく気づきました。
「君たち、何でそんな後ろに座ってるんだ?もっと前に来
なさい。」
太っちょ猫に促されて、ふたりは一番前の席に移動しまし
た。すると太っちょ猫は、またふんぞり返ってしゃべり始
めました。
「おっほん、えー私がこのツォルカーナ宇宙科学研究所の
所長のニュートインシュタインです。隣にいるのは、私の
助手のコペルソン君です。ようこそ当研究所へ。君たちふ
たりは百余名の受験者の中から、難関を突破して合格した、
優秀な猫です。」
「あれが所長か。なんかやけに偉そうだな。」
ルアーノが横でごにょごにょ言うので、レトロックは吹き
出しそうになるのを必死で我慢しました。
「聞いたかい?合格したのは僕らだけだってさ。」
「しーっ、聞こえるよ。」
「平気さ。見てみなよ。」
ルアーノの言うとおり、所長はふんぞり返ってこちらを見
もせずに、自分の話に夢中になっています。
「これからはまず研究員見習いとして、いろいろな雑用を
やってもらって、徐々に研究所の仕事に慣れていってもら
います。大変だろうけど、がんばって下さい。」
そう言うと所長は、ぺこりと小さくお辞儀をして、助手の
めがね猫を従えて部屋を出ていきました。

ふたりはその日から、さっそく働き始めましたが、所長が
言っていた通り、仕事は本当に雑用ばかりでした。資料の
コピーをとったり、倉庫の整理をしたり、先輩たちにコー
ヒーを入れたり、あげ句の果ては草むしりやトイレ掃除ま
でやらされる始末です。そんな調子で二か月ばかりが過ぎ
ました。
「ちぇっ、なんだよ、つまらない仕事ばかり押しつけて!
僕はこんなことをするために、ここに来たわけじゃないん
だ!」
「そう腐るなよ。真面目にやってれば、いつか必ず認めて
もらえるさ。お互い競い合い励まし合って、ふたりでがん
ばろうよ。」
腹を立てて愚痴をこぼすルアーノを、レトロックはなだめ
るように言いました。
「そうだな‥‥よーし、今に見てろよ。」
こうしてふたりは、毎日雑用の仕事をこなしながら、家に
帰ってからは寝る間も惜しんで勉強をしました。それから
少しずつ研究所の仕事も覚えていって、四年後にはふたり
とも、大事な研究を任される立派な科学者になっていった
のです。






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