(5)
結婚してからの十年間、レトロックは幸せに暮らしました。
子どもはできませんでしたが、ロマーリアとふたりの生活
は、夢のように楽しいものでした。研究所の仕事も、ルア
ーノとともにたくさんの成果を上げて、とても充実してい
ました。
そんな十年がたったある日の朝、レトロックが目を覚ます
と、いつもなら朝ごはんの支度をしているロマーリアが、
まだ起きていませんでした。
レトロックが見に行くと、ロマーリアはまだ寝室で寝てい
ました。
「どうしたの?具合が悪いの?」
心配したレトロックがたずねると、ロマーリアは少しつら
そうな顔で笑いました。
「ちょっと疲れただけよ。すぐよくなるわ。」
「無理しないで、今日は一日寝ていなさい。」
「ええ、ごめんなさい。」
ところが次の日もロマーリアの具合はよくならず、その次
の日も寝ていたのですが、かえって具合は悪くなるみたい
だったので、レトロックは彼女を病院につれていきました。
診察が終わると、ロマーリアはすぐさま入院することにな
って、お医者の先生がレトロックに話をしました。彼女は、
とても重い病気だったのです。
「残念ながらもう、手のほどこしようがありません。長く
てもあと半年の命です。」
先生にそう言われて、レトロックは目の前が真っ暗になり
ました。しかし、彼女の前では気づかれまいとして、つと
めて明るく振る舞いました。
「つらいだろうけど、あわてずゆっくり治すんだよ。」
ロマーリアは何も言わずに、笑ってこくりとうなずきまし
た。
レトロックは仕事を休んで、付きっきりでロマーリアの看
病をしましたが、容態は日に日に悪くなっていって、二ヶ
月後には意識がなくなってしまいました。そしてそれから
さらに二ヶ月後、ロマーリアはレトロックに看取られて、
静かに息を引き取りました。
知らせを受けたルアーノは、仕事そっちのけで病院に駆け
つけました。病室のドアを開けると、ベッドの横に座って
いたレトロックが振り返って立ち上がりました。
「レトロック‥‥」
なんて声をかけたらいいか分からず、ルアーノはそう言っ
たきりだまってしまいました。
「来てくれたのか、ありがとう。妻は最後まで苦しまずに
息を引き取ったよ。」
レトロックが落ち着いた様子でそう言ったので、ルアーノ
は少しほっとしました。
「先生にお礼のあいさつをしてくるから、ここで待ってて
くれ。」
そう言ってレトロックは、病室を出ていきました。ルアー
ノはベッドに近づいて、奥さんの顔を見ました。まるで眠
っているような、今にも目を覚ますのではないかというよ
うな、とても穏やかな顔をしていました。
それからしばらくしても、なかなかレトロックが戻ってこ
なかったので、心配したルアーノが病室を出てみると、レ
トロックは廊下でうつむいて壁に向かって、声を殺して泣
いていました。ルアーノは彼の横に歩み寄って、何も言わ
ずそっと肩に手をかけました。
ロマーリアのお葬式を終えてから半年後、レトロックは研
究所に退職願を出しました。彼女がいなくなってからとい
うもの、彼はすっかり気が抜けたみたいになってしまって、
仕事が手につかなかったのです。
「どうしてもやめるのか?」
ルアーノは、残念そうに言いました。
「ああ、生活するのに困らないだけの貯えはあるしな。し
ばらくのんびりしたいんだ。あとは君たちに任せるよ。」
「気が変わったら、いつでも戻って来いよ。」
「ありがとう。」
ふたりは、かたく握手をして別れました。
それからレトロックは、毎日散歩をしたり、本を読んだり、
釣りをしたりして、ひとりでのんびりと暮らしていました。
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