(7)


それから数日後、レトロックはルアーノに会いに再び研究
所にやって来ました。ふたりは研究所の会議室に向かい合
って座りました。心なしかルアーノの目には、レトロック
の顔が少しやつれたように映りました。
席に座るとすぐさま、レトロックが話し始めました。
「小惑星の衝突をさける方法が見つかったよ。」
「本当か?」
ルアーノは飛び上がらんばかりに驚きました。
「ああ、これを見てくれ。」
レトロックは、持ってきたかばんから何十枚もの紙の束を
取り出して、ぼんと机の上に置きました。ルアーノが手に
取って見ると、どの紙にも細かい文字やら数式やら表やら
図形やらが、びっしりと書き込まれています。
「君が言ってた通り、小惑星を粉々に破壊するのは不可能
だ。でも、ある程度の大きさの破片に分解することは出来
る。それなら爆薬の量も、それほど大量に使わなくていい。
そこで僕は、どうしたらそれらの破片が地上に落ちて来な
いで済むかを計算してみた。」
レトロックは、ルアーノが見ている紙を何枚かめくって、
そこに書いてある数式や図を指さしました。
「これだけの量の爆薬を積んだロケット弾を、この速度で
飛ばして、小惑星のこの位置にこの角度で当てるんだ。爆
薬の量も速度も位置も角度も、ぴったりこの通りでなきゃ
いけない。時間もぴったりこの時間でなきゃいけない。そ
うすれば、小惑星はいくつかの破片に分解して四方に散ら
ばる。大きい破片が地上に落ちてくることはない。落ちて
きたとしても、小石ぐらいの小さな破片だけだ。大きいや
つはみんな、地上をさけて飛んでいく。」
ルアーノは、レトロックの話を聞きながら、紙に書かれた
数式や図を食い入るように見ていましたが、やがて顔を上
げて、感心して大きなため息をつきました。
「たしかに‥‥この計算通りにいけば破壊できるだろうな。
でも‥‥」
「そう、あくまでこれは計算上のことだ。実際やるとなる
と、そううまくはいかないだろう。地上からロケット弾を
打ち上げて、正確な角度で正確な位置に命中させるのは、
ほぼ不可能といっていい。でもひとつだけ方法がある。誰
かがロケット弾に乗り込んで小惑星まで操縦すれば、ほぼ
確実に命中する。」
「でもそれじゃあ、操縦する者が脱出する時間がない。死
んでしまうよ。」
ルアーノがそう言うと、レトロックは何も言わず笑ってい
ました。ルアーノは、はっとして青ざめました。
「まさか、君は‥‥」
「うん、僕がロケット弾に乗り込む。」
それを聞いて、ルアーノはあわててしゃべり出しました。
「何を言ってるんだ!死んでしまうんたぞ!なにも君じゃ
なくてもいいじゃないか?それなら僕が‥‥」
「いや、だめだ。この計算通りに正確な角度で正確な位置
にロケット弾を誘導できるのは僕だけだ。それに、君には
家族がいるが、僕にはいない。僕がいなくなっても困る者
はいない。だから僕じゃなきゃだめなんだ。」
ルアーノは、なにか言い返そうとして口をぱくぱくさせま
したが、言葉が見つからずに口を閉じて、悲しい顔でレト
ロックを見ました。レトロックは、青空のように晴れ晴れ
とした笑顔で言いました。
「そんな顔をしないでくれよ。僕は決して、つらい気持ち
や悲しい気持ちでいるわけじゃないんだ。僕の人生は幸せ
だった。好きなことを仕事にして、なに不自由なく暮らし
て、妻と出会って結婚して、君みたいな友だちにも恵まれ
た。僕は幸運な猫だ。もういつ死んでも、思い残すことは
何もない。ただひとつだけあるとしたら、こんな幸せな人
生をくれたこの世界に恩返しがしたい。それができればも
う、いつ死んでもかまわないって思ってた。だから、人生
の最期にこの世界に恩返しができるのがうれしいんだ。僕
の最後の夢がかなうのさ。これは決して悲しいことじゃな
いんだ。どうか君もそう思ってくれ。」






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