(3)


祖父母と暮らし始めて間もなく、ヤマトは小学校に入学し
た。
学校に通う様になってからも、彼はクラスの中で一人でい
ることが多かった。特別仲のいい友だちはなく、教室の窓
側の席で、大体いつも窓の外を眺めていた。
勉強は出来る方だったが、体育の成績はあまりよくなかっ
た。のんびりとした性格で、よくそれを他の子にからかわ
れた。絵を描くのが好きで、窓の外の景色や想像の風景を、
ノートに鉛筆で描いていた。
ある時、ヤマトが席に座って絵を描いていると、一人の男
の子が駆け寄ってきて、いきなりノートを取り上げた。
「やーい、返して欲しかったら取ってみろ。」
男の子は、ふざけてノートを頭上に掲げながら言った。
「やめなさいよ、かわいそうじゃない!」
ヤマトの隣の席の女の子が、その子に注意をした。だが、
当のヤマト本人は、ただぽかんとして、いつまでも男の子
を見上げるばかりだった。
「ちぇっ、つまんないの。」
張り合いをなくした男の子は、ノートをぽいとヤマトの机
に投げ返して、どこかへ行ってしまった。ヤマトは、何事
もなかったかの様にノートを開き直して、また絵を描き始
めた。
「変なの‥‥何で怒らないの?あんなことされて。」
隣の女の子は、不思議そうにヤマトを見ながらそう言った。
「別に大したことじゃないよ、あれくらい。」
ヤマトはにっこり笑って答えた。それを見て女の子は、感
心半分、呆れ半分という風に、彼に笑い返した。

十歳になった頃からヤマトは、自分が他の子たちとは明ら
かに違っていると感じる様になっていた。大声で怒鳴った
り、けんかをする子たちを見ていると、どうしてそんなこ
とするんだろう、と不思議に思った。誰かにからかわれて、
「どうして怒らないの?」と聞かれても、彼には「怒る」
ということの意味が、よく分からなかった。どうやら自分
には「怒る」という感情が備わっていないのかもしれない
と思った。
「おばあちゃん、小さい頃の僕は、怒ったりすることあっ
たの?」
ある時、祖母にそう訊ねてみると、
「そりゃあもう、怒ったり駄々をこねたり、癇癪を起こし
て泣きわめいたり、大変だったのよ。だけど、今はもうす
っかり、そんなこともなくなって‥‥本当にいい子になっ
たわね。」
と、笑いながら教えてくれた。
確かに昔の写真を見ると、そんな風にして父親や母親を困
らせる様子が写っていた。
(とすると、自分が怒らなくなったのは‥‥やはりあの、
隕石の事故のせいなのだろうか?)
ヤマトの考えは、いつもそこに行きつくのだった。






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