(5)


急にTにそう言われて、ヤマトは動揺した。いつの間にか
彼らの周りには、人だかりが出来ていた。
「もういいよ。」
「いいことないよ!少し痛い目に合わせてやった方がいい
んだ。さあ!」
三人の剣幕の前に、Sは先ほどまでの威勢が嘘の様に怯え
きって、目に涙を溜めて震えていた。ヤマトは、Sが哀れ
に思えて来た。
「何してんだ!さあ、早く!」
痺れを切らせたТは、ヤマトを叱りつける様に言った。仕
方なくヤマトは、平手でSの頭を、ぽんと軽く叩いた。
「何だ、そんなもんか?もっと強くひっぱたいてやれよ!
さっきはそんなもんじゃなかったぜ。」
Sの目から、涙がぽろぽろ落ちた。ヤマトは凍りついてし
まった。体が固まって、何も考えることが出来なくなった。
「早く!」
Тは苛ついて叫んだ。
と、幸いにもその時、始業を告げる鐘が鳴った。
「ちぇっ、しょうがないなあ。もう許してやるから、謝れ
よ!」
Тに言われるままに、Sは泣きながらヤマトに詫びると、
急ぎ足でその場を立ち去った。人だかりもそれを見届けて、
散り散りに消えていった。
「君も君だ。人がいいにも程があるぜ。だからああいう奴
らが図に乗って、好き勝手をするんだ。少しは抵抗しろよ。
時には怒って抵抗するのも必要だぜ。自分の身は自分で守
らなきゃ、この世の中生きて行けないぜ。」
最後にТは、諭す様な口調でヤマトにそう言うと、他の二
人と共に去って行った。

この事件以降、ヤマトは少なからず人が変わってしまった。
おおらかでのんびりした性格は影を潜め、いつも何かに怯
えている様子の、臆病な人間になった。
ヤマトは、自分に暴力を振るったSよりもむしろ、自分に
暴力を強制したTたちの方に恐怖を感じていた。やられた
らやり返せ、彼にはその考えが正しいとは思えなかった。
だがそれは、正しいと思えない自分の方が間違っているん
だと思った。
自分は間違った人間なのだ。だから、なるべく人と関わら
ないで生きていこう。彼はそう固く心に決めたのだった。

こうしてヤマトは、孤独な若者になっていった。






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