(7)


バスを降りるとヤマトは、少し前を歩く、さっきの男子学
生に近づいて行き、思いきって声を掛けた。
「あの!」
振り返った彼の胸元に、ヤマトと同じ一年生のバッジが付
いていた。
「さっきはありがとう。」
「いや、いいんだ。」
「本当は僕が止めなきゃいけなかったんだ。僕が一番近く
にいたのに‥‥」
すると彼は、屈託のない笑顔を見せて、ヤマトの肩をぽん
と叩いた。
「誰だってああいう時は、なかなか声をかけられないもの
だよ。僕だって、間に君がいなかったらどうだったか‥‥」
そう言われてヤマトは、心が軽くなった気がした。二人は
学校までの道のりを、並んで話しながら歩いた。
彼はユウトという名前で、ヤマトの隣のクラスの生徒だっ
た。端正な顔立ちで、中肉中背のヤマトに比べて、ユウト
の背はやや高かった。父親は大学教授、それに母親と妹の
四人家族で、比較的裕福な家庭の様だった。

その後も二人は、登下校や休憩の時間に、よく話をする様
になった。ユウトは穏やかで明るく、人を引きつける魅力
があった。ヤマトも彼といる時は、心を閉ざすことなく、
素直に話が出来た。ヤマトにとっては恐らく初めての、心
を許し合える友だちだった。
ユウトにはヤヨイという、六歳下の妹がいた。健康な彼と
違って、彼の妹は生まれつき体が弱く、学校を休んで家で
寝込んでいることが多くて、そのため友だちもあまりいな
いらしかった。彼はそんな妹を不憫に思い、その影響もあ
って、将来医者を志していた。実際彼の成績は、学年でも
トップクラスで、それも無理な話ではない様に思えた。

ユウトは正義感の強い性格だったが、それは暴力を伴わな
い正義だった。決して人を責めることなく、物事をただそ
うとした。
もしかしたら彼は、自分と同じ人間なんじゃないだろうか?
ふとヤマトはそんな気がした。
「君は怒ることあるの?」
ヤマトは思いきって彼に聞いてみた。
「ああ、親とはしょっちゅう下らないことで喧嘩をしてる
よ。」
と、ユウトは笑って答えた。






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