第二章

(1)


初夏の、空の色が赤から青へ移り変わろうとする夕暮れの
街を、ヤマトが歩いている。今日一日の仕事を終え、疲れ
た体で家路に着いたところである。ヤマトは十九歳になっ
ていた。
二年前の春、仕事中に突然倒れた祖父は、そのまま意識が
戻らず、翌日病院で急死した。死因は大動脈解離だった。
優しい祖父だった。寡黙で家ではあまり口をきかなかった
が、温和な表情で、いつもヤマトや祖母を見守ってくれて
いた。その祖父が亡くなり、祖母はショックのあまり、し
ばらく寝込んでしまった。ヤマトも酷く憔悴して、数日涙
が止まらなかった。
だが、いつまでも落ち込んでいる余裕はなかった。一家の
大黒柱を失ったことで、生活はひっ迫し、高齢の祖母を養
うためには、ヤマトが働く以外道はなかった。
祖父の葬儀を終えると、ヤマトは高校を中退し、祖父が働
いていた食品工場に就職した。仕事をゆっくり探す余裕な
どなかったのだ。
工場の仕事は、ヤマトにとって決して簡単なものではなか
った。スピードと効率を求められる工場の作業をこなすに
は、彼はあまりにも機敏さに欠けていた。
「君、もうちょっときびきび動けないのか?」
上司にはよくそう注意され、同僚の工員には見下され、陰
で笑われていた。だが生活のためには、この仕事を失って、
路頭に迷う訳にはいかない。ヤマトはどんなに辛くても、
必死に働いた。そうしてあっという間に、二年の月日が流
れたのだった。
仕事からの帰り道でふと、小さな画廊の窓に飾られている
絵が、ヤマトの目に止まった。画家になる、かつてそう考
えたこともあったが、そんな夢はもう消え去ってしまった。
今の自分には、そんな夢を追う余裕などないと思っていた。
今の彼は、毎日をなんとかやり過ごすだけで精一杯だった。
人生はただ苦痛の連続で、未来の明るい希望は何も見えな
かった。
画廊の前で、しばらく絵をぼんやり眺めていたヤマトは、
またふらりと歩き出した。初夏の空は、ますます青く薄暗
く移り変わっていった。

仕事が休みのある日、ヤマトは喫茶店の窓際の席に座って
いた。向かいの席にはユウトがいた。ユウトは高校を卒業
すると、希望通り医大に進んでいた。仕事と勉強でお互い
忙しく、これが半年振りの再会だった。
「どうだい、仕事は?」
沈んだ顔のヤマトを気づかって、ユウトが最初に口を開い
た。
「なんとかやってるよ。君の方は?勉強は大変かい?」
「まあね。ついて行くのに必死だよ。」
ユウトは笑いながら答えた。久し振りに見た彼の笑顔に、
ヤマトはほんの少し気分が軽くなった気がした。






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