(5)


それからヤマトとヤヨイの二人は、時々会う様になった。
人通りの少ない小路を歩いたり、静かな公園を散策したり、
時には食事をすることもあった。とりとめのないお喋りを
するだけだが、ヤマトにとってそれは、単調な毎日の中の、
ささやかな楽しみになっていた。
「今度またいつか、彼女の肖像画を描いてあげよう。」
ヤマトは、密かにそんなことを考えていた。

二年が過ぎた七月のある日、その日もヤマトは、いつもの
様に工場の食堂で昼食を摂り、午後の作業が始まるまで、
休憩室に座っていた。そこには小さなテレビが一台あって、
Xという国の内戦のニュースを映し出していた。
X国には、古くから様々な民族や宗教が混在していて、複
雑に利害関係、対立関係が絡み合う歴史があった。ここ数
年は、それらの勢力が次第に二極化し、政府軍と反政府軍
による内戦状態にまで状況は悪化していた。
「あーやだやだ。世の中暗いニュースばっかりだよなあ。」
ヤマトの隣に座っていた年配の工員が、嘲笑気味にうめ
いた。
「あの内戦はいつ終わるんでしょうね?」
ヤマトはふと気になって、その工員に訊ねた。
「当分終わらないだろうな。」
「どうしてですか?」
「世界の大国が、それぞれ政府軍、反政府軍のどちらかに
肩入れして、武器を供給してるんだ。どちらかが優勢にな
ったら、劣勢側の支援国が武器を与えるんだ。だから、い
つまで経っても終わりが見えないのさ。」
「どうしてそんなことするんです?」
「自分の国の利益のためだよ。どっちが勝ったら、自分達
にとって得かを考えてるんだ。武器を与える分には、自分
達に危険はない。戦って犠牲になるのは、X国の人たちだ
からな。まったく、正義もへったくれもあったもんじゃね
えよな。」

仕事からの帰り、昼間の熱気が残る夕刻の湿った空気が、
ヤマトを不快に汗ばませた。
歩きながらヤマトは、戦争のことを考えていた。彼には、
怒りや憎しみの感情が理解出来なかった。だから、怒りや
憎しみを原動力とする戦争も理解出来なかった。
人は何故争うのだろう?何故競争するのだろう?競争があ
るから、人間は進化発展するのだというが、その一方で競
争が争いを生み、戦争を生んでいるのではないか?本当に
競争は必要なのだろうか?

「ただいま。」
家に着くとヤマトは、いつもの様に玄関の扉を開けて言っ
た。いつもなら中から祖母の返事と、夕飯の支度をする音
が聞こえるのだが、今日は何も聞こえなかった。変だなと
思いながらヤマトは、家の中へ入って行った。
「おばあちゃん!」
居間を覗くと、祖母がそこにうつ伏せに倒れていた。






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