(6)


家で倒れて、意識を失っていたヤマトの祖母は、救急車で
病院に搬送された。末期の癌だった。
緊急手術のため、腹部を切開したが、既に癌はあちこちに
転移していて、手の施し様がなかった。もう長くはない、
医師にそう宣告された。
「こんなになるまで、相当痛みがあった筈ですが‥‥我慢
していたんでしょうね。」
医師の言葉を聞いて、ヤマトは自分を激しく責めた。
「心配をかけまいと、気を使って我慢していたんだ。何で
もっと早く気づいてあげられなかったんだ?」
残りの時間を、今まで通り家で過ごさせてあげたい、とい
うヤマトの希望で、祖母は自宅に戻ることになった。
人生の冬が舞い戻って来た、ヤマトはそう感じていた。祖
母の世話をするには、仕事を長期間休まねばならない。果
たして会社がそれを認めてくれるだろうか?場合によって
は、仕事を辞めなければならないかもしれない。再び生活
がひっ迫するかもしれない。ヤマトの心は暗く沈んでいっ
た。
この窮状を見かねて、ヤヨイがヤマトに提案した。
「ヤマトさんが仕事で留守の間、私がおばあさんのお世話
をしに行くわ。ちょうど今、学校が夏休みだから、その間
だけでもそうさせて。」
思いがけないヤヨイの申し出に、ヤマトは戸惑った。彼女
の厚意に甘えるべきか?だがそれでは申し訳ない、という
気がした。
「遠慮せず、是非やらせてやってくれ。あいつももう十七
歳だ。そのぐらいは勤まるだろう。俺からも頼む。」
医大の勉強で忙しい合間を縫って駆けつけたユウトも、彼
にそう言ってくれた。
「ありがとう‥‥そうさせてもらうよ。」
ヤマトは、親友とその妹の心遣いに感謝し、涙を流した。

こうしてヤヨイは朝、ヤマトが仕事に出掛ける前に来て、
夜、ヤマトが戻って来るまでの間、ヤマトの祖母の世話を
することになった。
「無理しなくていいよ。辛くなったら、いつでも辞めてい
いからね。」
「あら、平気よこれぐらい。私、子供の頃より大分丈夫に
なったのよ。」
かつて病弱だった彼女を心配するヤマトに、ヤヨイは笑っ
て答えた。
ヤマトの祖母も、献身的で心の優しい彼女がとても気に入
った様子で、
「素敵なお嬢さんね。あなた、あの子と結婚なさい。」
などと、冗談とも本気ともつかぬことをヤマトに言って笑
った。
この夏の三人の生活は、三人それぞれにささやかな幸福を
もたらしてくれた。ヤマトの祖母は、最期の日々を穏やか
に過ごした。
そして、八月最後の日の夜、祖母は静かに息を引き取った。






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