(8)


ヤヨイの高校卒業と時を同じくして、ユウトも医大を卒業
し、国家試験にも合格して、晴れて医師になった。
「これから医大の病院で何年か研修して、ゆくゆくは何処
かの小さな町で、開業医をしたいと思ってるんだ。」
ユウトは晴れやかな顔でそう言った。ヤマトは友の門出を
祝福したが、心の中では焦りを感じていた。
ユウトには、人生の明確なビジョンがある。そしてそれを
実践出来る環境と能力がある。ヤマトにはそれが羨ましか
った。
ヤヨイも自身の将来をしっかり見据えて、次のステージへ
と歩みを進めている。ヤマトは自分が、先を行く二人に取
り残されている様な、孤独感に見舞われていた。
祖母が亡くなり、身寄りが一人もいなくなった今、しかし
経済的な不安は消え、心に余裕が出来た分、先の人生への
迷いも見えて来た。自分も何かをしなければ。人生の目標
を立てなければ。でも、何をすればいいんだろう?
かつては絵描きになりたいと思ったこともあったが、果た
して今からなれるだろうか?
今のヤマトの胸の内には、それよりもっと重要な関心事が
あった。それはあの、X国の内戦だった。内戦は今も続い
ていたのだ。そのニュースを目にする度に、ヤマトの心は
大きく揺さぶられた。
長い歴史の中で、戦争は絶えず起こり続けている。人は絶
えず人を傷つけ続けている。何故だろう?何故人は人を傷
つけるのだろう?
ヤマトには、怒りや憎しみの感情が理解出来なかった。だ
から、怒りや憎しみによって起きる戦争も理解出来なかっ
た。彼は、戦争のただ中に飛び込み、肌で感じて、怒りや
憎しみを理解したいと思った。彼は今、X国に行って、被
災者や難民の人たちの支援をすることを考え始めていた。

ある日、彼はそのことをユウトに相談してみた。
「それはどうだろう‥‥」
ユウトは、あまりいい顔をしなかった。
「そういう所に行くには、君はあまりにも繊細過ぎるよ。
精神的に耐えられるかどうか‥‥」
「そうかなあ‥‥」
ヤマトの心にも、まだ迷いがあった。
「もう少しよく考えてみた方がいいよ。」
ユウトに背中を押してもらえず、ヤマトは少し落胆した。
それからひと月余り、ヤマトは一人悩んだ。






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