(3)


「おいおい、お前たちの国の奴らはどうなってるんだ?復
讐のことしか頭にない奴に、怒る感情がない奴ときた。ど
うかしちまってるんじゃないのか?」
ヤマトは何も答えず、ただにこにこ笑っていた。
「俺には信じられねえなあ。怒らない人間なんて、この世
にいる訳ねえ。お前、神様か仏様のつもりか?」
「いえ、そんなつもりはありません。」
「そうかい‥‥じゃあひとつ、試させてもらうぜ。」
兵士はいきなり、ヤマトの座っている椅子を蹴飛ばした。
ヤマトは後ろ向きに転がって倒れてしまった。
「何をするんですか?」
倒れ込んだヤマトは、驚いて震える声で言った。兵士の男
は、笑いながらヤマトの顔を覗き込んだ。
「どうした?怒ったか?悔しかったら俺を殴ってみろ。俺
は何もしないから。」
男は顔を突き出して、ヤマトを挑発した。仲間の兵士たち
も、大喜びで囃し立てた。
「構わないからやってやれよ!俺たちが見ててやるぜ!」
この時、ヤマトの脳裏に、忌まわしい記憶が甦った。それ
は中学生の時の、生まれて初めて暴力を振るわれ、その報
復を強要された、あの記憶である。ヤマトはあの時と同じ
様に、恐怖で体が固まってしまった。
いつまで経っても何もして来ないヤマトに、男はだんだん
苛立って来た。
「ふん、腰抜けめ!そっちが何もしないなら、俺が一発ぶ
ん殴ってやるぞ!さあ、どうする?それでも何もしないの
か?」
男はヤマトの胸ぐらを掴み、引きずり起こした。
その時、ばーんという大きな音が、部屋中に響き渡った。
男も仲間たちも驚いて、音のした方を見た。それは、あの
死神と呼ばれた男が、両手で思い切りテーブルを叩いた音
だった。
「静かにしろ。まずいコーヒーが余計まずくなる。」
低く響く、威圧する様な声で死神は言った。
「おや、珍しい!同郷のよしみで助け船を出したくなった
のか?」
兵士の男がへらへら笑いながらからかうと、死神は黙って
男を睨みつけた。その尋常ではない程に殺気立った視線に、
男は思わず笑うのを止め、黙り込んでしまった。
「よせよせ、相手が悪いぜ。味方でも殺しかねない奴だ。」
見るに見かねて、仲間の兵士たちが男に釘を刺した。
「ちぇっ!せっかくの酔いが醒めちまったぜ。」
ヤマトから手を話すと、男は渋々仲間たちと部屋を出て行
った。ややあってから死神も、残りのコーヒーを一口で飲
み干すと席を立った。
一連の騒動が治まって、ようやくヤマトは体の自由を取り
戻した。






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