(4)


あの騒動以来、ヤマトは死神と呼ばれる男のことが、頭か
ら離れなくなった。復讐心しか持たない彼と、怒りの心を
持たない自分が、真逆の人間に思えて仕方なかった。
ある日、ヤマトは死神のことを、この施設での勤務が一番
長い同僚のスタッフに聞いてみた。
「ああ‥‥あの男には関わらない方がいいよ。」
と、そのスタッフはヤマトに忠告した。
彼によると、死神は年齢三十歳前後で、十年ぐらい前にこ
の国にやって来たらしい。その後、ここで知り合った女性
と結婚し、娘が一人いた。やがて国は内戦状態になり、彼
の家族は市街戦に巻き込まれ、妻と娘が反政府軍の兵士に
殺されてしまった。以来、彼は人が変わってしまって、反
政府軍を憎む様になり、志願して政府軍の義勇兵になった。
軍の中でも彼は単独行動を好み、他の兵士と組んで行動す
ることはあまりないという。今までに多くの敵兵を殺害し、
死神と呼ばれ敵からも味方からも恐れられているというこ
とだ。
「彼は他の人間を寄せ付けない。よほど家族を愛していた
んだろうね。今の彼の心の中には、怒りと憎しみしかない
んだと思うよ。」
それでもヤマトは、彼と話をしたいと思った。そうすれば、
ヤマトが理解に苦しむ怒りや憎しみの正体を、探り当てら
れそうな気がしたのだ。

数日後の夕刻、ヤマトはその日の仕事を終えた後、仮設テ
ントやプレハブの建ち並ぶ敷地内の小さな広場で、子ども
たちとボール遊びをしていた。避難民の子どもたちは皆、
心の優しいヤマトとすぐに打ち解け、彼を見つけると、
「ヤマト!ヤマト!」と嬉しそうに駆け寄って来た。ヤマ
トの方も、日々、傷ついた避難民の人たちの中で働いてい
て、その悲しみが伝染していたたまれなくなった時、子ど
もたちと一緒に過ごす時間は、もはや必要不可欠になって
いた。
子どもたちと遊んでいて、ヤマトはふと、誰かの視線を感
じて、そちらに目を向けた。少し離れた場所に男が立って
いた。死神だった。死神は煙草をくわえたまま、ぼんやり
とこちらを眺めていたが、ヤマトに気づかれたと分かると、
煙草を投げ捨てふらりと歩き出し、何処かへ行ってしまっ
た。
その時、ヤマトの脳裏に直感が走った。
「彼は苦しんでいる!」
彼の頭の中には、怒りや憎しみや復讐心しかないと誰もが
言う。でも本当は、彼は苦しいんだ。怒りや憎しみや復讐
心から解放されたいと思っているんだ。だからあんな目で、
僕や子どもたちを見ていたんだ。彼を助けてあげたい。何
とか彼をその苦しみから、救い出してあげることは出来な
いだろうか?
ヤマトは突然、そんなことを考え出した。






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