(2)


年が明けて間もなくすると、ヤヨイはヤマトの家に移り住
み、二人で暮らし始めた。ヤマトは再び、元の食品工場に
復職した。そして春、二人だけで小さな教会で式を挙げ、
ヤマトとヤヨイは結婚した。
ヤマトは以前の明るさを取り戻して、二人はつつましくも
幸せな新婚生活を送った。だがそれも束の間、しばらくす
るとまた、ヤマトの心の中に暗い影が降り始めた。

テレビを見ている時、インターネットを見ている時、人道
支援団体の公共広告が流れて来て、貧困や疫病や紛争等、
世界で起きている不幸な出来事の映像が映し出される。
すると、ヤマトの心の中に、目に見えない何かの声が聞こ
えて来るのだった。
その声はこう言う。
「お前はこれを見て、何も感じないのか?平気でいられる
のか?自分の生活に支障がない程度の生ぬるい、ほんの形
だけの献金や奉仕活動で済ますつもりなのか?そんなもの
でこの現状が変えられるとでも思っているのか?世界のど
こかで餓えている人がいるのに、平気で飯が食えるのか?
棲む家も着るものもない人がいるのに、平気で暮らしてい
られるのか?戦争で犠牲になっている人がいるのに、平気
で生きていられるのか?」
そのためヤマトはもう、安心してテレビやインターネット
を見ることが出来なくなってしまった。
目に見えない何かの声が、絶えずヤマトを責め立てた。何
不自由なく普通に生きていることは、それだけで罪悪なの
だと。

気分を変えよう思って、散歩をしていても、心が安まるこ
とはなかった。
一言で言うと、殺伐‥‥
街を歩いていて聞こえて来る音。見えて来るもの。オート
バイのエンジンをふかす音。クラクションを鳴らしながら、
スピードを上げて走る車。大型犬を連れて散歩する人。駅
や工事現場で、宣伝や注意喚起をする人工の声。流行りの
音楽。大声でくしゃみをする人。ジェット機の飛ぶ音。行
き交う人。笑い声。怒鳴り声。そうしたありとあらゆるこ
とに殺伐を感じた。この世界は、何もかもが殺伐としてい
る。何もかもが暴力的だ。ヤマトはそう思った。
(人間は悲しい
 人間は憐れな生き物
 街を歩いてみるがいい
 道端にゴミを捨てる人間
 列に割り込む人間
 車の窓から喚き散らす人間
 陰口を叩く人間
 不寛容な人間
 無関心な人間
 これは暴力だ
 これは戦争だ
 これらはみな戦争と地続きだ
 何て愚かな生き物
 何て憐れな生き物
 人間‥‥)
だがそれは、この世界が間違っているんじゃない。そう思
う自分が間違っているんだ。自分は間違った人間だ。ヤマ
トはそう思うのだった。






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