(5)


次の日の夜、ヤマトとヤヨイは、夕食後の綺麗に片付けら
れたテーブルを挟み、向かい合って座っていた。話がある
と言って、ヤマトがヤヨイをそこに座らせたのだが、なか
なか話を切り出せずにいた。普通ではない彼の様子を察し
て、ヤヨイも内心穏やかではなかった。
「話ってなあに?」
痺れを切らせて、ヤヨイが先に口を開いた。
「うん‥‥」
ようやくヤマトも、思い口を開け話し始めた。
「これから言うことをよく聞いて欲しい。とても言い辛い
ことだけど‥‥」
ヤマトは、気持ちを落ち着かせる様に、大きく息を吸って
吐いた。
「僕はまた、X国に行こうと思う。」
ヤヨイは一瞬、言葉に詰まった。
「昨日のあの、ニュースの人のために?」
「うん。彼のことが心配で、このまま何もしないでじっと
してはいられないんだ。」
「でも‥‥行ってどうするの?あなたに何が出来るの?」
「分からない。何も出来ないかもしれない。場合によって
は‥‥」
自分が身代わりになってでも、と言いかけて、ヤマトは言
葉を呑み込んだ。
「僕にはどうしても、彼のことが他人とは思えないんだ。
上手く言えないけど‥‥彼が僕の分身の様に思えて仕方が
ないんだ。だから‥‥彼が解放されて自由の身になった時、
そばにいてあげたいんだ。彼の心が死なない様に、力にな
ってあげたいんだ。これはきっと‥‥僕の運命だ。子ども
の頃、あの隕石の事故に遭ってから、こうなることが決ま
っていた、そんな気がするんだ。」
ヤヨイは下を向いて、何も言わなかった。
「今度は前の時とは違う。危険な場所にも行くだろう。生
きて帰れないかもしれない。だから‥‥」
ヤマトは、ポケットから用意していたものを出して、テー
ブルの上に置いた。離婚届だった。
「君はまだ若い。今ならまだやり直せる。」
ヤマトはヤヨイの反応をうかがったが、ヤヨイは黙ったま
まだった。
「済まない‥‥君を幸せに出来なくて‥‥僕は酷い夫だ。
恨まれても仕方ない‥‥」
「全部一人で決めてしまうのね‥‥」
下を向いたまま、ヤヨイが声を絞り出した。
「もう‥‥考え直すことは出来ないの?」
ヤマトは何も答えられなかった。
「解りました。あなたの望み通りにするわ。」
ヤヨイは、取り乱すことなくそう言うと、離婚届を手に取
り、静かに席を立った。ヤマトは、彼女の顔を見ることが
出来なかった。ようやく顔を上げると、今しも部屋を出て
行こうとするヤヨイの背中が、悲しく滲んで揺れていた。
ドアが閉まると部屋の外から、声を押し殺してすすり泣く
声が聞こえて来た。その声はだんだん遠ざかって行き、や
がて何も聞こえなくなった。
一人部屋に残されたヤマトの耳に、夜の静寂が恐ろしい圧
力となって襲いかかった。部屋がぐるぐると回り出し、彼
の目を眩ませた。
いいのか?本当にこれでいいのか?ヤマトはいつまでも自
問自答を繰り返した。






前へ          戻る          次へ