第五章

(1)


ヤマトは再び、X国の地に立った。
以前働いていた施設のスタッフを介して、兵士と交渉し、
政府軍側の中心部から戦闘地域の最前線周辺まで、軍の車
両に同乗させてもらうことになった。
二時間ほど走ると景観は一変し、辺り一面破壊された建物
と瓦礫の山ばかりになった。
「町を一人で歩くのは危険だ。近くの難民キャンプまで送
っていこう。」
運転していた兵士の計らいで、ヤマトは難民キャンプの前
で車を降りた。
そこは、以前ヤマトが働いていた施設とはまるで様子が違
っていた。だだっ広い敷地に古びたテントが無数に立ち並
んでいるだけで、他の建物は見当たらなかった。テントの
中から避難民たちが、ギラギラした目で物珍しそうにヤマ
トを見ていた。彼らは皆痩せこけ、半裸同然のボロボロの
衣服を纏っていた。
ヤマトは、周りより一回り大きなテントを見つけ、中にい
た人道支援団体の職員に声を掛けて事情を説明した。
「何て無謀なことをするんだ!」
職員の男は呆れて言った。
「この周辺の町は、何処も治安が悪い。英語を話せる住人
も少ない。金は持ってるかい?」
「ええ、少しは。」
「なら護衛と通訳のために兵士を雇うといい。金さえ払え
ば彼らは引き受けてくれるよ。それと、泊まる場所は決ま
ってないのか?」
「ええ。」
「いい宿がある。俺たち職員が宿泊している安宿だ。ここ
から近いし、比較的安全だ。汚いけど。仕事が終わるまで
待っててくれ。ここの車で一緒に行こう。」
ヤマトは感激した。初めて会った見知らぬ訪問者に、ここ
までしてくれるとは‥‥
「最初は呆れたけど、よくよく考えてみたら、見上げた度
胸だと思ってね。人のためにそこまでするなんて、なかな
か出来ないことだよ。」
職員の男は、そう言って笑った。

辺りはすっかり暗くなった。ヤマトはその職員の仕事が終
わるのを待って、一緒に車で宿に向かった。宿に着くと、
入口で宿屋の主人に鍵を渡され、木造の廊下を奥へと進み、
部屋のドアを開けた。カビ臭い狭い部屋にベッドがひとつ、
トイレとシャワーも付いていた。これだけあれば充分だ、
ヤマトはそう思った。
ベッドの脇には、小さな窓があって、そこから町の様子が
見えた。街灯一つない、破壊された暗闇の町に人影はなく、
時折遠くから聞こえて来る砲撃の音以外は何も聞こえず、
しんと静まり返っていた。
ヤマトは不思議と恐怖は感じなかった。彼は死神の顔を思
い浮かべた。何とかして彼を救わなければ‥‥恐怖よりも
その思いの方が、遥かに強かった。
そのままヤマトは、シャワーも浴びず着替えもせず、ベッ
ドの上に倒れ込むと、長旅の疲れがどっと押し寄せ、あっ
という間に眠りに就いた。






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