(5)


ここに来て、どのぐらい過ぎたんだろう?時間の感覚を失
ったヤマトには、それが一年の様にも、十年の様にも感じ
た。
洞窟の中は夏は酷暑、冬は極寒だった。牢は狭く、高い天
井の近くに鉄格子の入った小さな窓が一つあって、朝の陽
光と夜の月明かりがわずかに差し込んだ。
ヤマトと死神に与えられたのは、ぼろぼろの毛布が一枚ず
つと、排泄のための陶器の器と水だけだった。食べるもの
は一日二回の、硬いパンか冷たいミルク粥だった。
この中で何年も、正気を保って生きるのは至難の業だ、ヤ
マトはそう思った。ここが僕の死に場所になるのか‥‥

こんな過酷な状況の中でも、何とか気持ちを強く持とうと、
ヤマトは前向きに考える様に努めた。牢の前には、交代で
常に見張り番の兵士が立っていたが、毎朝目を覚ますとヤ
マトは、
「おはよう。」
と声をかけた。返事が返って来ることはなかったが、それ
でも声をかけ続け、一方的に話しかけ続けた。
見張り番は主に二、三人が交代でしていたが、その中でも
一人だけ、特に若そうに見える兵士がいて、ヤマトはその
兵士のことが気に掛かっていた。彼はどう見ても、十七、
八歳の子どもの様な顔をしていた。
「やあ、おはよう!」
彼が見張りに立っている時は、特に大きく明るい声で話し
かけた。そんなヤマトの気持ちを知ってか知らずか、彼は
横目でちらりと見るだけで、何も返事をしてはくれなかっ
た。

死神は完全に正気を失っていて、朝目を覚まして、夜目を
閉じて眠るだけで、食べ物もほとんど受け付けなくなって
いた。ヤマトが傍にいることも、おそらく判っていない様
子だった。
夜寝ていると、悪い夢にうなされた様に、大声で叫び出す
こともあった。ヤマトは時々、着ている服の切れ端を濡ら
して、死神の顔や体を拭いてやった。見張り番の兵士に頼
んで、ようやく毛布がもう一枚与えられたが、それでも死
神は日に日に弱っていった。
「お願いだ。彼を病院に連れて行ってくれ。」
ヤマトは兵士に懇願したが、
「こんな山の中に、病院なんかあると思うのか?」
と言って、取り合ってくれなかった。
彼の命が尽きるのも時間の問題だ、そう思うとヤマトは、
深い無力感に見舞われた。
「僕は一体何のために、ここに来たんだろう?」
窓から差し込むわずかな月明かりが、彼の顔を冷たく照ら
した。






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