(7)


明け方近く、夢の中で胸騒ぎがして、ヤマトは目を覚まし
た。横を見ると、死神がこちらを見ていた。その目に狂気
は宿っておらず、ヤマトの顔を真っ直ぐに見据えていた。
「あんた‥‥何であんたがここにいるんだ?」
死神は、目の前にヤマトがいるのを不思議そうに見つめて
静かに尋ねた。正気に戻ったんだ、ヤマトは驚いて飛び起
きた。
「君を探しに来たんだ。」
「俺を?‥‥そうか、俺は捕まっちまったんだったな‥‥
すると、あんたも捕まったのか?」
「ああ。」
「それは‥‥済まなかったな‥‥」
死神は、ヤマトから視線を天井に移して、穏やかな表情を
浮かべた。
「夢を見ていたんだ‥‥妻と娘の夢を‥‥三人で‥‥昔よ
く歩いた道を‥‥歩いてた‥‥戦争が起きる前みたいに‥
‥楽しい夢だった‥‥」
死神の声は囁くように小さく、途切れ途切れだった。かつ
て避難所で会った時には見たことのない、安らかな顔で話
す彼を、ヤマトは驚きと喜びをもって見ていた。
「変だろ?‥‥死神のくせに‥‥そんな夢を見るなんて‥
‥」
「君の本当の名はアスカだろう?ニュースで知ったよ。」
「知ってたのか‥‥おかしいよな‥‥俺には不釣り合いな
名だ‥‥」
「そんなことないよ。君にぴったりの、いい名前だ。」
アスカはヤマトの顔を見て、嬉しそうに微笑んだ。
「俺は馬鹿だったよ‥‥あんたが正しかったんだ‥‥俺が
間違ってた‥‥それでこの始末だ‥‥世話ないよな‥‥」
何と答えていいか判らず、ヤマトが黙っていると、アスカ
はまた話し続けた。
「俺は‥‥とんでもない回り道をしてたんだな‥‥ようや
く解ったよ‥‥遅過ぎたけど‥‥ようやく解った‥‥もう
俺は‥‥誰も憎んでないよ‥‥俺は死ぬんだろうな‥‥も
うすぐ‥‥もう目も開けてられない‥‥」
アスカはゆっくりと目を閉じた。
「また会いたいな‥‥妻と娘に‥‥天国で会えるかな‥‥
でも俺は‥‥天国には行けないよな‥‥たくさん人を‥‥
殺したからな‥‥」
「大丈夫。今の君なら、きっと行けるよ。」
「そうかな‥‥あんた‥‥何であんたが‥‥ここにいるん
だ?」
アスカはさっきと同じ質問をした。ヤマトはもう、胸がい
っぱいで言葉が出なかった。
「最期に‥‥あんたに会えてよかった‥‥これも夢なのか
な‥‥あんたみたいな人間が‥‥もっといっぱいいたらい
いのに‥‥あんたみたいな人間ばかりだったら‥‥きっと
もっと‥‥ましな世界に‥‥なるんだろうな‥‥」
アスカはもう一度、最後の力を振り絞って目を開けた。ヤ
マトは泣いていた。その顔をしばらくじっと見て、やがて
満足した様に、再び目を閉じた。
「ありがとう‥‥もう‥‥疲れたよ‥‥‥‥」
それきりアスカは話すのをやめ、閉じた目から一筋、涙が
流れ落ちると、そのまま静かに眠りに就いた。






前へ          戻る          次へ