(9)


慌ただしい物音で、ヤマトは目を覚まされた。もう夜が明
け、小窓から光が差し込んでいた。よく見ると、兵士たち
が牢の中から、アスカを運び出そうとしているところだっ
た。
「彼をどうする気だ?」
慌ててヤマトが尋ねると、牢の外に立っている彼らのボス
が、表情を変えずに答えた。
「棄てて来るんだ。」
「死んだのか?」
「なんだ、知らなかったのか?死体には用はない。だから
棄てて来るんだ。」
ヤマトは愕然とした。
「お願いだ、彼を土の中に埋めてやってくれないか。安ら
かに眠らせてあげたいんだ。」
アスカの遺体を運んで行く兵士たちに、ヤマトがそう頼む
と、彼らのボスが声を荒げて言った。
「ふざけるな!何でわざわざ敵のために、埋葬しなきゃな
らないんだ!無駄な労力だ!」
「お願いだ!彼は死んだんだ!もう君たちの敵じゃない!
せめて最期に、どうか彼に慈悲を‥‥」
兵士たちは、ヤマトの懇願を無視して、嘲りの笑みを浮か
べながら出て行った。
一人取り残されたヤマトは、途方に暮れて呆然とした。ア
スカがいなくなって、完全に孤独になった彼は、初めて自
分の死について考えた。怖いと言うよりも、寂しい気持ち
の方が強かった。
(ああ‥‥僕はもう、これで終わりなんだろうか?もうす
ぐ僕も、アスカの所に行くんだろうか?)
寂しさに堪えきれず、ヤマトは静かに目を閉じた。死が間
近に迫った時、もう何も残っていないと思っていた心の奥
の奥に、まだ微かに何かが残っているのに気づいた。
最期の最期に、ヤマトの頭に浮かんだもの‥‥
それは、ヤヨイの顔だった。
突然、ヤマトは両眼をかっと見開き、体に電撃を受けた様
に飛び起きた。
(違う!僕はまだ終わってない!僕はまだ、終わるわけに
はいかない!)
この期に及んでヤマトは、自分にとって一番大事なものは
何なのかということに、ようやく気づいた。
(僕はここに来て答えを見つけた。だがそれと引き換えに、
取り返しのつかない過ちを犯してしまった!
人を憎まず、人を傷つけず、人のために祈りつつ、一番近
くにいる、一番大切な人のために生きる‥‥僕のエゴと自
己犠牲の精神を、同時に満たすただひとつの道‥‥僕がし
なければならなかったのは、それだったんだ!
ああ‥‥僕は何て馬鹿だったんだ!僕はまだ、死ぬわけに
はいかない!生きねばならない!生きて大切なものを取り
戻さなければならない!)
ヤマトの内から消えかかっていた生命の炎が、再び沸き上
がって来るのを感じた。
(でも、どうしたらいいんだ?どうしたら、ここから抜け
出せるんだ?どうしたら‥‥)
彼は、激しい焦燥感に襲われた。






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