最終章

(1)


ヤマトがヤヨイの元を去ってから、五年の月日が流れた。
看護師の専門学校を卒業した後、ヤヨイは森と山に囲まれ
た小さな田舎町に、一軒の古い家を借りて、小さな病院で
看護師として働きながら暮らしていた。
ヤヨイは再婚していなかった。それどころか離婚届も、あ
の後ヤマトの見ていない所で破り捨てていた。あの時、ヤ
マトから再びX国に行くと言われて、とても悲しかったが、
その気持ちがほんの少しだけ、理解出来る様な気もしてい
た。ヤマトが子どもの頃の事故で怒りの感情を失ったのに
は、何か深い意味がある、ずっと以前からそう考えていた
からだ。

十月もじきに終わろうとしていたある日、ヤヨイのもとに、
ユウトから一通の手紙が届いた。彼は今、X国にいた。X
国の内戦は、約一年前に停戦の協定が結ばれ、一応の終結
が成されていた。内戦が終わるとすぐに、ユウトはヤマト
の行方を探しに飛んで行った。それから一年、何の音沙汰
もなかったのだが、今始めて、彼からの知らせが届いたの
だった。
この中に、ヤマトのことが書いてある‥‥そう思うと、な
かなか読む勇気が出なかったが、覚悟を決めて手紙の封を
開けた。
中には三枚の便箋と、一回り小さい白い封筒が入っていた。
ヤヨイは便箋を開いて読み始めた。それはユウトの字だっ
た。
「随分久しく連絡をしなくて申し訳ない。元気にしていた
かい?こっちに来て一年、あちこち探し回ったけど、ヤマ
トの行方は全く分からなかった。内戦が終わったとはいえ、
地域によっては、まだまだ物騒な場所もあるから、なかな
か捜索が進展しなかったんだ。
それが先日、ある辺境の町の病院で働いている知り合いの
医師から、(ヤマトのことを知っている、ヤマトから手紙
を預かっているという、元反政府軍の負傷兵がいる。)と
いう知らせが来た。俺は文字通り、驚いて飛び上がったよ。
それですぐさま、その負傷兵に会いに飛んで行った。
すごく若い男だった。二十歳前後に見えたよ。怪我の方は
だいぶ治っていた様子で、話をするのに支障はなさそうだ
った。最初は俺のことを警戒していたみたいだが、俺が学
生の頃に、ヤマトと一緒に撮った写真を見せると、(そう
だ、この男だ。)と言って、すぐに信用してくれた。
それから一時間あまり、彼に話を聞いた。その内容は録音
したので、二枚目の便箋に書き写しておいた。それと、そ
の男から預かったヤマトの手紙も一緒に入れておいたよ。
白い封筒に入っているのがそうだ。お前に宛てて書かれた
ものだから、合わせて読んでくれ。」
一枚目の便箋は、ここで終わっていた。ヤヨイは夢中にな
って、続けざまに二枚目の便箋に目を移した。
二枚目の便箋には、その負傷兵の証言が書かれていた。






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