(2)


「彼が俺たちの隠れ家の洞窟に来たのは、今から二年前か
‥‥いや、三年前かな?はっきり憶えてないな。
元々そこには、死神という敵の義勇兵が、人質として捕ら
えてあった。彼は死神と同郷だったんで、二人一緒に置い
ておこうってことになったみたいだ。一人より二人の方が、
より金になる。万が一どちらかが死んでも、もう一人いれ
ば金が取れる。それが俺たちのボスの目論見だったって訳
さ。

死神は反抗的だったが、ヤマトは違った。ヤマトって名前
は、彼が自分から名乗ったんだ。頭が悪いのかと思ったよ。
敵に自分から名を明かすなんて。後で分かったんだが、彼
は俺たちのことを敵と思ってなかったんだな。
俺は牢の見張りをしながら、彼の色んな話を聞いた。最初
は彼の言うことが理解出来なかったけど、そのうちだんだ
ん解る様になって来た。不思議なもので、仲間と一緒にい
るより、彼といる方が気が休まった。

死神が死んだ時、彼は遺体を埋めてやってくれと頼んだ。
俺は埋めてやった。死んだ男のためじゃない。彼のために
やったんだ。すると今度は、手紙を書きたいと言い出した。
さすがにそれは無理だって言ったけど、あんまり酷く落ち
込むもんだから、ある夜、仲間に見つからない様に、こっ
そり紙とペンを持って行ってやった。その代わり、今すぐ
俺の見ている前で書けと言ってやった。書いたら俺が預か
っておくってね。俺が持ってる分には、問題ないだろうっ
て思ったのさ。彼は紙とペンを受け取ると、ものの十秒と
立たないうちに書き上げて、俺に渡した。それを妻に届く
様に手配してくれと頼まれた。俺は、難しいが、やるだけ
やってみると答えた。それで彼は、一応安心したみたいだ
った。そのまま何処かに捨ててしまってもよかったんだが、
彼がすっかり俺を信用してるみたいだったものだから、何
となく捨てられなかった。

そのうち、戦闘が激しくなって来て、俺たちの隠れ家も危
なくなった。敵の砲撃がすぐ間近まで迫って来て、俺たち
は隠れ家を棄てて逃げることにした。みんな逃げた後、俺
は一人だけで戻って、牢の鍵を開けてやった。ここはもう
すぐ爆撃されるから逃げろって、彼に言ってやった。山を
下って行くと、大きい川にぶつかるから、その川沿いの茂
みの中を、下流に向かって行け。そうしたら、あんたの仲
間の所に行けるって、教えてやったんだ。
牢から出て真っ先に、あいつ、何したと思う?俺を抱きし
めやがった。まったくどうかしてるぜ!仲間を殺した敵を
抱きしめるなんて‥‥
逃げていく彼の背中を見ながら、俺は何だか胸が締め付け
られる思いがした。彼と別れるのが寂しかったんだ。俺も
どうかしてるよな。彼を見たのは、それが最後だ。
後で気づいたんだ。あの時、彼に手紙を返してやればよか
ったって。でもしょうがないよな。あの時は、それどころ
じゃなかったから。

彼が言ってたよ。この世の中に競争は必要ないって。競争
があるから、争いが起こる。戦争が起こるんだって。競争
なんかなくたって、自己犠牲の精神さえあれば、人は平和
にやっていけるんだって。俺は、そんなの無理だって言っ
て笑ったんだ。世の中、あんたみたいな人ばかりじゃない
ってね。でももし、彼みたいな人間がもっといっぱい生ま
れたら、彼みたいな人間ばかりになったら‥‥いつかそん
な時代が来るのかな?もしそんな時代が来るんだったら、
俺も見てみたいよ。

あの手紙、ちゃんと奥さんに届けてやってくれよ。俺が言
うのも変だけど。」






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