第二章 初恋
(1)
穏やかな空気の中、雀やメジロや、その他名も知らぬ小さ
な鳥たちのさえずりが遠くから、すぐ近くから聞こえて来
る朝、自然豊かな団地の中に敷かれた遊歩道を、制服姿の
優子と秀子が並んで歩いている。二人は十四歳、中学二年
生になっていた。遊歩道の周りではソメイヨシノが終わっ
て、八重桜が見頃を迎えようとしていた。
朝早くから団地の敷地内のあちらこちらでは、青い作業服
を身に纏った清掃員が、道や植え込みの掃除をしている。
「おはようございます。」
「おはよう。」
優子と秀子は彼等とすれ違う度に、頭を下げ挨拶を交わし
た。それが日課になっていた。
春とはいえ、この時間はまだ肌寒く、吐く息が白かった。
一人の清掃員がまた、道端で作業をしているのが見えて来
た。
「おはようございます。」
優子がそう声を掛けたが、老齢の清掃員の男はそれに答え
ず、無愛想な顔をほんの少しこちらに向けて、すぐにまた
作業をし始めた。
「優ちゃん、まだあの人に挨拶してるの?」
秀子は男とすれ違いざま、優子の耳元で囁いた。
「もうやめたら?どうせ返事してくれないんだから。」
「いいのよそれでも。挨拶されて悪い気分はしないでしょ
う?」
「そうかなあ‥‥迷惑そうな顔に見えるけど。」
「そうかしら?」
「ただの優ちゃんの自己満足なんじゃない?どうせ返事し
てくれないんだから、無駄なことだと思うけどなあ。」
「うーん‥‥」
優子はそれきり黙って考え込んだ。そう言われてみると、
秀子の言う通りのような気もして来るのだった。
二人は揃って地元の公立中学校に通っていた。学校の成績
に於いても、運動神経に於いても、秀子の方が優子より勝
っていて、優子はそのことで少々秀子に引け目を感じ、彼
女を羨ましく思っていたが、秀子はそんなことを鼻にかけ
る素振りもなく、相変わらず二人は仲のよい姉妹だった。
「私って、名前負けしてるよね。秀ちゃんはあんなに優秀
なのに、私は全然優秀じゃなくて‥‥ごめんねお母さん。」
一度優子は、母の里子にそう漏らしたことがあったが、里
子はいつもの顔で笑っていた。
「そんなことないわよ。あなたは名前の通りの優しい子に
育ってくれたわ。ありがとう。」
それを聞いて優子は、少しだけ気が楽になったのだった。
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