(2)


優子と秀子は、同じ一人の男子生徒に好意を持っていた。
これが二人の初恋だった。
それは山岡誠という名前の、細身で背が高く、色の白い端
正な顔立ちの男子生徒だった。美術部の部員で絵が上手く、
物静かで優しい性格だった。女子生徒の間でも人気があっ
たこの男子生徒に、優子と秀子もその例に漏れず夢中にな
ったが、敢えて自分から近づいて行こうとはせず、いつも
遠くから見ているだけだった。そうして二人で彼の話をす
るのが楽しくて、それだけで満足だった。

ある朝、二人がその男子生徒のことを話しながら学校へ向
かっていると、あの無愛想な老齢の清掃員が、道端で作業
をしていた。二人は黙ってその横を通り過ぎた。
「挨拶しなくていいの?」
秀子が優子の顔を覗き込んで尋ねた。
「うん‥‥」
優子は小さな声で答えたが、心の中にはまだもやもやした
ものが残っていた。
(秀ちゃんの言う通り、自分のしていることはやはり無駄
なことなんだろうか?)

「お父さん、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど。」
その夜、優子は居間で本を読んでいる守に話し掛けた。
「何だい?」
守は本を持ったまま、彼女の方に顔を向けた。
「秀ちゃんに言われたんだけど‥‥」
優子は、挨拶をしても返してくれない清掃員について、秀
子と意見が分かれて悩んでいることを打ち明けた。
「やっぱり私が間違ってるのかな?秀ちゃんの方が正しい
のかな?」
守はテーブルに本を置いて、目を閉じ腕組みをし、眉間に
皺を寄せ深刻な顔をして、しばらくじっと考え込んでいた。
「確かに秀子の言う通り、無駄なことかもしれないね。で
も君がそれを無駄じゃないって信じているのなら、それは
無駄じゃないよ。優子も秀子も、どちらも間違ってないと
思うな。」
優子には守の言葉の意味がよく解らなかったが、彼女の悩
みと真剣に向き合い、優子のことも秀子のことも傷つけま
いとして答えてくれているのが、ひしひしと伝わって来た。
それだけで彼女は十分嬉しかった。
「ありがとう、お父さん。」
守は照れ臭そうに、テーブルから取り上げた本に視線を落
として、無言で親指を立てて優子に返事をしてみせた。

優子が自分の部屋に戻ると、真ん中に二つ並べて敷かれた
布団の片側に、秀子が先に入って寝そべっていた。団地の
狭い家の中で、二人はこの部屋を一緒に使っていた。
「なんかあったの?お父さんと話してたみたいだけど。」
布団の中から秀子が顔だけ上げて尋ねた。
「ううん、何でもないわ。」
秀子の隣の布団に入りながら、優子はそう言った。






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