第三章 銀河鉄道の夜
(1)
中学を卒業すると優子と秀子は、それぞれ別々の高校に進
学した。優子は秀子より一つ下のランクの高校で、勉強も
運動も真ん中ぐらいの成績の、あまり目立たない生徒だっ
た。秀子は中学から引き続き、高校でも優秀な成績で、生
徒会の会長を務め、クラスでもリーダー的存在だった。
優子は電車で、秀子はバスで通学していたので、朝、家を
出る時も、帰って来る時も別々で、二人で団地の遊歩道を
歩くことはなくなってしまった。
表向きは以前と変わらず仲のいい姉妹に見えたが、その実、
二人の関係にはある変化が生まれていた。喧嘩をしている
訳ではなくても、お互い相手に対して、腫れ物に触るよう
なよそよそしさがあって、子供の頃のように心の底から打
ち解けて接することが出来なくなっていた。
ある日、優子が家に帰ると、秀子が先に帰って部屋の中に
いた。
「お帰り。」
秀子がカーテンの向こうから顔を出して言った。高校生に
なると二人は、部屋の真ん中をカーテンで仕切って、それ
ぞれ部屋を半分ずつ使うようになっていた。
「ただいま。」
優子は鞄を机に置きながら言った。
「遅かったね。」
「うん、掃除当番だったから。」
「昨日もそう言ってなかった?」
「昨日は代わってあげたの。当番の子が具合が悪いって言
うから。」
「また?この前もそんなこと言ってたよね?」
「うん‥‥」
「本当に具合悪かったの、その子?仮病じゃないの?」
「まさか。」
「まあ‥‥優ちゃんがそれでいいならいいけど‥‥」
人がいいにも程があるよとか、いいように利用されてるだ
けだよとか、少しは人を疑ったらどうなのとか、本当は秀
子には、もっと言いたいことがたくさんあったのだが、敢
えて口には出さなかった。
秀子にはまだ、中学の時の山岡誠との一件の敗北感が色濃
く残っていた。彼女の心の中には、優子があまりにも人が
良過ぎることへのもどかしさや腹立たしさと、自分にはな
い寛容さや優しさに対する引け目や嫉妬とが、絵の具のよ
うに混ざり合ってうごめいていた。
優子は鞄の中から一冊の本を取り出し、机の上に置いた。
「ああ、銀河鉄道の夜。また読んでるの?」
「うん、久しぶりに読みたくなって。」
「子供の頃、よく読んだよね。」
秀子は優子の机に近づくと、本を手に取ってぱらぱらと頁
をめくってみた。
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