(2)
夕食の時間、優子と秀子、それに父の守と母の里子が揃っ
て食卓を囲んでいる。
「私には解らないなあ‥‥」
秀子がぼんやりと、独り言のように呟いた。
「え?」
優子が聞き返すと、秀子ははっと我に返った。
「さっき、銀河鉄道の夜をちょっとだけ読んでね。ほら、
ジョバンニがさ、ほんとうにみんなのさいわいのためなら
ば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわないって言うじ
ゃない?私は違うと思うの。だって人を助けたくても、自
分が死んでしまったら助けられないでしょう?」
「でも‥‥周りに困ってる人がいたら、自分のことを差し
置いても助けてあげたいって思うんじゃないかしら?」
優子は首を傾げてそう言った。
「そりゃあ私だって、みんなに幸せになって欲しいと思う
けど。でもどんなに頑張ったって、世界中のすべての困っ
てる人たちを助けてあげることなんて出来ないでしょう?」
「うーん‥‥」
「私はやっぱり自分や優ちゃんや、お父さんやお母さんが
一番大事だし、一番幸せになってもらいたい。他の人たち
は二の次になっても。だから人を助けるためにも、まず自
分のためにしっかり生きるのが先決だと思うわ。」
「そうかなあ‥‥私は人が幸せじゃなかったら、自分も幸
せにはなれないと思うけど。」
「お父さんはどう思う?私と優ちゃんと、どっちが正しい
のかしら?」
「えっ?そ、そうだなあ‥‥」
唐突に秀子から話を振られて、守は慌てた様子で持ってい
た茶碗と箸をテーブルに置くと、腕組みをして深刻そうに
眉間に皺を寄せ目を閉じた。それが何かを考える時の守の
癖だった。
「宮沢賢治の言葉に、世界がぜんたい幸福にならないうち
は個人の幸福はありえない、というのがある。」
守は目を開けてそう言った。
「じゃあ、私が間違ってるの?」
秀子は不服そうな顔をした。
「しかしその一方で、秀子の言う通り、まず自分が幸福じ
ゃなければ人を幸福にすることは出来ない、という考え方
もあるね。」
秀子はだんだんじれったくなって来た。
「それで、結局どっちが正しいの?」
「結局だね‥‥結局どちらも、人を幸せにしたいという最
終的な思いは一緒で、そのやり方が違うだけなんだ。やり
方は人それぞれだ。どれが一番正しいということはないん
じゃないかな?」
優子も秀子も、解ったような解らないような、納得いかな
い顔で守を見ていた。里子は呆れ顔で笑った。
「あなたの言うことはいつもどっちつかずね。それで答え
になってるのかしら?」
「ははは、そうだね。」
守もつられて、他人事のように笑い出した。
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