(2)


秀子が研究所のチームの一員として働き出してから三ヶ月
が過ぎた。大学との両立は多忙を極めたが、心に迷いはな
かった。彼女は寝る間も惜しんで、一心に今の生活に没頭
した。
そんなある日、秀子が仕事を終え、帰り支度をしていると、
リーダーが部屋で呼んでいると同僚が知らせて来た。
「失礼します。」
秀子が部屋に入ると、リーダーが机に向かって仕事をして
いた。
「ああ、そこに座って。」
リーダーは顔を上げ、秀子の顔を見るとそう言った。秀子
が机の横の椅子に座って待っていると、しばらくして彼女
の方を向いて話を始めた。
「うちのチームのメンバーになってからの君の仕事振りを
見てきたけど、お世辞抜きに立派なものだよ。他のメンバ
ーに引けを取らないぐらいにね。そこで一つ提案なんだけ
ど、もしよかったらうちの研究所に就職する気はないかな
?大学を辞めても、ここで働けば環境学の勉強も出来るし、
より実践的な経験も積める。中途採用になるけど、大卒並
みかそれ以上の待遇にしてもらうように、僕からお願いし
ておいてあげるよ。どうだい?」
そこまで言うと、リーダーは真っ直ぐ秀子の顔を見据えた。
秀子は下を向いてしばらく考えていた。
「少し時間を下さい。よく考えてみたいので。」
「わかった。どうするか決まったら、いつでも僕に言って
くれ。それじゃあ今日はもうこれでいいよ。お疲れ様。」
部屋を出てから寮に戻って床に就くまでの間、秀子はずっ
と考え続け迷っていたが、翌朝目が覚めた時には心が決ま
っていた。そしてその日研究所に出勤すると、リーダーに
話を受けることを伝えた。

それからの二ヶ月あまりは、嵐のように過ぎて行った。両
親を説得して了承を得、大学中退の手続きをして、研究所
の正式な研究員となった。それから大学の寮を引き払い、
アパートを借りて一人暮らしを始めた。ようやく身辺が片
付き生活が落ち着いた頃には、夏を過ぎて秋になっていた。

研究員になってからも、秀子は引き続き元のグループで仕
事を続けた。彼女を引き入れた直属の上司であるグループ
リーダーは、立花英一という名の二十代半ばの青年で、部
下の中には彼より年上の研究員も少なくなかった。英一は
組織の統率力もあり、専門知識も豊富で、所内では将来有
望なエリートとして知られる存在だった。秀子の目には、
彼が自分の目指す優秀な人間そのもののように映った。
英一の元で仕事をするうちに、秀子は彼に人としての憧れ
を抱くと共に、その先にある特別な感情を持ち始めていた。






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