(3)


風が秋の色を濃くして、次第に街を歩く人たちの服を厚く
する頃、秀子は久し振りに実家に帰って来ていた。実家に
は父親の守と母親の里子がいたが、優子は仕事で留守だっ
た。
「あなた痩せたわね?仕事大変なの?」
里子がコーヒーを淹れながら、心配そうな顔をして言った。
「大丈夫よ。仕事は忙しいけど楽しいわ。」
「あまり無理するなよ。体を壊したらつまらんからな。」
守がコーヒーを飲みながら言った。
「うん、ありがとう。」
「今日はゆっくりして行けるの?」
「そうもいかないわ。仕事があるから。」
「じゃあ、優子には会わないの?」
「うん、残念だけどまた今度ね。」

早々に実家を出ると、秀子は駅の近くの喫茶店に入った。
窓際の席に座っていると、しばらくして正太がやって来た。
今日仕事の合間を縫って帰って来たのは、正太に会うため
だった。
「久しぶりね。元気だった?」
「ああ。斎藤は?」
「元気よ。」
「少し痩せたんじゃないか?」
「そお?嶋くんは太ったんじゃない?」
正太は高校を卒業後、隣町にある大学に進んでいた。秀子
が都会に移り住んでからも、休みの日には定期的にお互い
に行き来して会っていたが、彼女が忙しくなるにつれだん
だんその機会が減ってきて、ここ数ヵ月はまったく会わず
にいた。この日は大事な話があるからと言って、秀子が正
太をここに呼び出したのだった。
「何だい、話って?」
「うん‥‥」
秀子はうつ向いて、なかなか話を切り出せないでいた。
「私たち‥‥もう会わないことにしない?」
「どういうこと?」
「うん‥‥私ね‥‥」
秀子は言葉に詰まってまた黙り込んだ。それからようやく
小さな声を絞り出した。
「好きな人が出来たの。」
正太は黙っていた。秀子は下を向いたまま、彼の顔を見る
ことが出来なかった。店内に流れる落ち着いた音楽と、窓
の外を時折走り過ぎる車の音が小さく聞こえていた。
「わかった。」
正太は静かにそう言った。
「ごめんね‥‥」
「いいよ。俺もお前の邪魔はしたくないから。」
正太は立ち上がって、ドアの方へ歩きかけて、立ち止まり
振り返った。
「でも‥‥用があればいつでも連絡くれよな。俺たち友だ
ちなんだから。」
秀子は返事も出来ずにただ頷いた。それから顔を上げて、
去って行く正太の後ろ姿を見送っていたが、その背中がぼ
んやり滲んで見えなくなった。
(なんて優しい人だろう。)
知らず知らずのうちに、秀子の目から涙が溢れ出していた。






前へ          戻る          次へ