(2)


それから数日後、優子は春海を誘って誠の絵を見に出掛け
た。大学生になった春海とは、今でも時々会って、お茶を
飲んだり食事をする間柄だった。
電車に乗って一時間ほどの、画廊や古書店が立ち並ぶ古い
街、その大通りから一本脇道に入った先の奥まった場所に
ある、二階建ての小さな画廊、誠はそこで絵の展示をして
いた。
中に入り、入口にいた係員の女性に案内状を見せると、二
階の展示室に案内された。
「作家さんは今、外出していますが、じきに戻ると思いま
す。」
係員の女性はそう言って部屋を出て行った。
「なあんだ、どんな人だか顔を見るのを楽しみにしてたの
に。」
春海は残念そうに口を尖らせた。
二人はゆっくりと絵を見て廻った。狭い部屋の四方の壁に、
大小様々な大きさの油絵が展示されていた。どの絵もみな、
何の変哲もない風景画だった。山や川、森や野原などの田
園風景、通り沿いの家並みや都会の街角、そうしたとりと
めのない景色が、落ち着いた色彩で整然と描かれていて、
丁寧な仕事ではあったが、地味な印象の絵ばかりだった。
それにも拘わらず、優子は何故か強く惹きつけられるもの、
訴えかけて来るものを感じた。彼女にはそれが不思議だっ
た。
(どうしてこの人の絵は、こんなに心を惹きつけるんだろ
う?)
部屋の中を何度も見て廻るうち、一枚の絵が優子の目に留
まった。それは何処かの田舎の村を描いたものだった。後
方の山と森、前方の草原に挟まれて、小さな家がぽつりぽ
つりと点在している。その中央にある教会の周りに、村人
達が集まっている様子が描かれていた。
それを見た瞬間、何故この絵が心を惹きつけるのか、その
理由が突然、優子の頭に閃いた。
(祈りだ!祈りだ!この人の絵には祈りがある!どの絵も
みんな、祈りを込めて描かれているんだわ!)
優子は心の中で叫んだ。そして彼女は、長い間どうしても
解けなかった疑問の答えが、今、目の前に差し出されてい
るのだと気づいた。
(私には祈りが足りないんだ!この世界に圧倒的に足りな
いのは祈りなんだわ!世界中の全ての人を救うのは、祈り
なんだわ!)
「優子、どうしたの?」
優子の様子がおかしいのを察して、春海が心配そうに尋ね
た。
ちょうどその時、誠が部屋に戻って来た。
「やあ、来てくれたのか。」
「こんにちは。絵を拝見させてもらったわ。」
「こちらは?」
誠は春海の方を見て言った。
「高校の時の友達の清水春海さん。」
「初めまして。山岡です。」
「初めまして。とっても素敵な絵ですね。」
春海は、初対面の誠にやや緊張した面持ちで言った。
「いやあ、下手くそな絵ばかりで恥ずかしいよ。」
「そんなことないわ。私、胸を打たれたわ。」
優子があまりにも真剣な顔をしてそう言ったので、誠は少
し照れながら笑った。

それから三人は暫くの間、談笑して和やかな時間を過ごし
た。






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