(2)
「お父さん、お母さん、大事な話があるの。」
ある日、夕食を終えると優子は、少し緊張した面持ちで守
と里子に言った。
「私、山岡さんと結婚するわ。」
「えっ!結婚?」
守は驚いて大きな声を出した。
「随分急な話ね。」
「驚かせてごめんなさい。でも、ずっと前から考えていて、
やっと決心がついたの。」
「山岡って、あの痩せた男か?」
「うん、何度かうちに来たことがあるから、お父さんもお
母さんも覚えてるでしょう?」
「ええ、とても感じのいい人だったわね。」
「確かにいい青年だが、‥‥絵描きだったよな?」
「そうよ。」
「大丈夫なのか?ちゃんと生活していけるのか?」
「大丈夫よ。私も仕事を続けるから。」
「しかしな‥‥」
守はいかにも疑わし気に、眉間に皺を寄せた。
「あの人は立派な人です。私はあの人を尊敬しているんで
す。だからどんなに苦労をしても、あの人を支えてあげた
いんです。どうなっても絶対に後悔はしません。お願い、
結婚させて下さい。」
あまりにも真剣な優子の様子に、守はやや気圧されながら
も、渋い表情を崩さなかった。
「しかし‥‥もう少し時間をかけて、慎重に考えたらどう
だ?」
「あら!あなたがそんなこと言えた義理ですか?」
それまで黙って話を聞いていた里子が、突然口を挟んで来
た。
「え?」
「私たちが一緒になった当初、あなたの小説が全然売れな
くて、どれだけ苦労させられたことか。」
「えっ、そうだったかな?」
虚をつかれ、守はやや狼狽え気味になった。
「そうですよ。この子がこんなに真剣にものを言うなんて、
よっぽどの覚悟があるのよ。小さい頃は、あんなに気が弱
かったのに‥‥」
言いながら里子は、見る見るうちに目を潤ませた。
「山岡さんなら大丈夫です。売れても売れなくても、優子
をきっと幸せにしてくれますよ。私の目に狂いはありませ
ん。あなたに似てますもの。」
「えっ、そうか?」
話が思わぬ方向に行ったので、守は調子が狂ったような顔
で笑った。
「うん、まあその何だな‥‥優子にそれだけの覚悟がある
なら、父さんはもう何も言わんよ。君の思う通りにしなさ
い。」
「ありがとう。お父さん、お母さん。」
優子は全身の力が抜けて、目から涙が溢れ出した。
「困った時は、いつでも父さん母さんを頼ってね。」
里子も優子につられて、涙を流しながらそう言った。
「しかし、こういうことはちゃんとけじめをつけねばなら
んからな。今度彼をうちに連れて来なさい。僕からびしっ
と言うべきことは言っておくからな。」
そう言っていた守だが、それから数日後、いざ誠が挨拶に
来ると、初めのうちこそ緊張気味だったが、二人で酒を酌
み交わすうち徐々に打ち解け、その後は終始上機嫌で和や
かに会話をするのだった。
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