(2)


「ねえ、エイゴの弟の話をしてよ。」
ハヤトはなかなか寝つけず、横になったままエイゴに話し
かけた。

「もう何度も話したろう?」
「いいからさ。名前は確か‥‥ショウゴだったよね?」
「ああ。俺より三つ年下だった。」
「どんな子だったの?僕に似てるって言ってたよね?」
「まだ小さかったけどな。お前みたいにおとなしくて、お
どおどしてて、気の優しいやつだった。」
「いつまで一緒にいたの?」
「あいつが五歳ぐらいの時に死んだのさ。俺たちの親はく
ずみたいな人間でさ。俺もショウゴも年中殴られたり蹴ら
れたりしてた。飯もろくに食わせてもらえなかった。それ
であいつは死んじまったんだ。」
「そう‥‥悲しかったろうね?」
「ああ、俺はそのくずみたいな親を殺してやりたかったけ
ど、まだ子供だったからそれは無理だった。それでもうう
んざりして、家を飛び出したのさ。」
「それからどうしたの?」
「その後のことはよく覚えてないな。気がついたら孤児院
にいた。」
「そんなに僕はショウゴに似てるのかい?」
「そっくりだよ。俺の記憶が正しければな。お前がいじめ
られてるのを見たら、ショウゴを思い出してな。放ってお
けなかったよ。お前には兄弟はいなかったんだっけな?」
「うん、僕は一人っ子さ。」
「お前の親は、お前を殴ったりしなかったのか?」
「うん、父さんも母さんも優しかったよ。でも二人とも、
僕が小さい時に病気で死んじゃった。それで僕は孤児院に
預けられたんだ。」

ハヤトには生まれつき、“怒る”という感情が備わってい
なかった。彼は“怒る”という感情が理解出来なかった。
その代わり彼には“恐怖”と“悲しみ”の感情が人一倍強
く備わっていたが、それは彼にとって過酷なことだった。
何をされても怒らないハヤトは、孤児院の他の子供たちに
とって格好のいじめの対象になっていたのだ。孤児院での
生活は、ハヤトにとってまさに生き地獄といってよいもの
だった。
他の子達より大きく気の強いエイゴは、そんなハヤトを自
分の亡き弟とだぶらせて、見て見ぬふりが出来ず、彼の傍
でいつも彼を守っていた。
こうしてハヤトとエイゴは、孤児院の中でお互いにただ一
人の、血の繋がった兄弟のように強い絆で結ばれた友達に
なったのだった。

翌日の朝早く二人は出発し、町を後にした。
行く宛など何もなかった。町から町へただ漠然と、平穏に
落ち着ける場所を探して、朝日を背に夕日に向かって、い
つ終わるとも知れず歩き続けるだけだった。
とはいえ、生まれて初めての自由な旅が、ほんの少しだけ
楽しくもあり、二人の胸には不安と喜びの相まった複雑な
思いが交錯していた。






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