第十章 エピローグ
(1)
ハヤトはベッドの上で目を覚ました。横にはサツキが寝て
いた。
そこは見知らぬ部屋の中だった。どうやら丸太小屋のよう
で、壁も床も天井も木で出来ていて、奥の壁に扉が、手前
の壁に暖炉が、その両側の壁に窓があった。それほど広く
ない室内には、ベッドの他に何脚かの椅子と大きめのテー
ブルと戸棚があった。
ベッドのすぐ横の窓から外を見ると、雪は止んでいたが、
辺り一面真っ白だった。遠くに森が見え、その手前にぽつ
りぽつりと木の小屋があって、そこは小さな村のようだっ
た。
いくつかの小屋の周りには、雪掻きをする人や薪割りをす
る人の姿があって、その手前では雪遊びをする子供たちが
走り回っていた。
ハヤトが外の様子を伺っていると、サツキが目を覚ました。
「ここは?」
サツキはゆっくり体を起こし、周りを見渡してそう言った。
「わからない。僕もさっき起きたところだ。」
その時、奥の扉が開いて、一人の男が入って来た。
「やあ、二人とも気がついたかい?」
男は笑顔でそう言った。無精髭を生やし、長い髪を後ろで
束ねて、がっしりした体格に茶色の地味な服装で、歳は二
十代半ばぐらいに見えた。ハヤトは一瞬、彼を見てエイゴ
のことを思い出し、胸が締めつけられた。
「温かいスープを持ってきたよ。」
男は手に持っていたトレーをテーブルに置いた。その上で
は二つの皿から湯気が舞い上がっていた。
「ここは僕の家だよ。君たちはこの村のすぐ近くに倒れて
いたんだ。」
怪訝な顔でこちらを見ている二人を安心させるように、男
はスープの皿を渡しながら言った。皿を受け取って、ハヤ
トは自分の両手に包帯が巻かれているのにその時初めて気
がついた。
「手足に軽い凍傷があったけど、手当てをしたからすぐよ
くなるよ。」
そう言って男は、椅子をベッドの脇まで寄せて来て座った。
「運がよかったよ。雪が止んで、村の子供たちが近くの森
で遊んでいて、偶然君たちを見つけたんだ。それで僕ら大
人たちがここまで運んで介抱したんだ。それから君たちは
丸一日、ここで眠っていたよ。」
男の話を聞きながら、ハヤトとサツキはスープをすすった。
温かさと共に、全身に力が行き渡る気がした。
「助けていただきありがとうございました。」
「なに、いいんだ。僕の名前はケンジだ。」
「僕はハヤト、こちらはサツキです。」
二人はあっという間にスープを飲み干した。
「エイゴは‥‥僕たちの他に誰かいませんでしたか?」
ハヤトは皿を返しながらケンジに尋ねた。
「君たちの友だちかい?」
「ええ。野犬に襲われて、動けなくなったんです。」
「そうか‥‥他にも誰か倒れてないかと思って、周辺を隈
なく探したんだけど‥‥残念ながら君たち以外には見つか
らなかったよ。」
ケンジは申し訳なさそうに顔を曇らせた。
「そうですか‥‥」
それを聞いてハヤトは、肩を落としてうなだれた。最後に
見たエイゴの姿が頭に浮かんで、深い悲しみが甦って来た。
「友だちのことは気の毒だけど、今は自分のことだけ考え
て、しっかり休んで体を治さないといけないよ。」
そう言ってケンジは、二人を励ますように微笑んだ。その
時、ハヤトは彼の目を見てはっとした。
「あなたは、もしかして‥‥」
ハヤトが最後まで言い切る前に、ケンジは大きく頷いてみ
せた。
「うん。僕も今、君たちの目を見てわかったよ。君たちは
“怒らない人間”なんだね?僕もそうだ。この村の人たち
はみんなそうだ。」
「みんな?」
「ここは“怒らない人間”が集まって出来た村なんだ。畑
で野菜や果物を作り、山羊や鶏を飼育して、自給自足の生
活をしてる。」
スープを飲んで話を聞いているうちに疲労がどっと襲って
きて、ハヤトとサツキは目を開けていられないほど眠くな
ってきた。
それを察してケンジは立ち上がった。
「まだ体が回復してないからね。すっかりよくなるまで休
むといいよ。僕は隣の小屋にいるから、気兼ねなくここを
使ってくれ。時々食事を持って様子を見に来るから、困っ
たことがあったら何でも言ってくれ。」
そう言ってケンジが部屋から出ていくや否や、二人はあっ
という間に眠りに就いた。
眠りの中でハヤトは夢を見ていた。夢の中でエイゴの声が
聞こえた。その声は、こう言っていた。
「ハヤト、お前はお前の居るべき場所に辿り着いた。俺の
役目は終わった。俺はショウゴの所に行くよ。さようなら、
元気でな。」
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