(2)


しばらくすると、ハヤトとサツキは凍傷も癒え、部屋の中
を歩けるまでに回復した。そんなある朝早く、二人が目を
覚ますと、ケンジが部屋に来て言った。
「外に出られるかい?」
「ええ、大丈夫です。」
「では朝食の前に長老の所へ行こう。」
「長老?」
「うん。この村で一番年長で、頭がよくて思慮深くて、み
んなから頼りにされている、いわばこの村の長みたいな人
だよ。」

二人はケンジに連れられて小屋を出た。外はまだ暗かった。
辺りは靄がかかってしんと静まり返り、吐く息が白かった
が、雪が溶け寒さも少し和らいで来ているようで、春の匂
いが感じられる気がした。
ケンジの後ろをついて歩きながら辺りを見回すと、そこに
は今までハヤトが見たことのない、美しい田園風景が広が
っていた。森に囲まれた村には、所々に木造の小屋が点在
していて、その周りに小さな畑や果樹園があった。

しばらく歩くと、ケンジはひとつの小屋の前で足を止めて
言った。
「ここが長老の家だ。」
それからケンジはこんこんと扉を軽く叩いてからゆっくり
と開け、三人は家の中に入って行った。
中はケンジの小屋と同じ造りになっているようだった。テ
ーブルと椅子とベッドと戸棚があるだけの簡素な部屋の中
に、一人の老齢の女性がいた。女性は長い白髪を頭の後ろ
で束ね、灰色の質素な服を身に纏い、テーブルの左脇の肘
掛け椅子にこちら側に横顔を見せる姿勢で座っていた。

「先日お話しした二人を連れて来ました。」
ケンジが扉の前に立ったままそう言うと、女性は顔を横に
向けこちらを見て、小さく頷いて手招きをした。
「どうぞ、ここにお座り下さい。」
三人はテーブルの右脇の椅子に、女性と向き合うようにし
て座った。
「はじめまして。トシと言います。」
年輪を思わせるしわが刻まれた面長の顔の、口元に柔らか
い笑みを浮かべ、切れ長の目を一層細めて長老は言った。
しわがれてはいるが温かい、包み込むような優しい声だっ
た。
ハヤトとサツキも名を名乗り、助けてもらった礼を言った。

「事情はケンジさんから伺っています。お加減はもうよろ
しいのですか?」
「ええ、おかげさまでもうすっかり。」
「それはよかった。大変な思いをされましたね。すっかり
元気になるまで、どうぞいつまででも好きなだけお留まり
下さい。」
そう言って笑う長老の顔に、ハヤトはじっと見入った。ケ
ンジと同じ目をしていた。

「あなた方の目を見てわかりました。あなた方は‥‥同じ
なのですね、僕たちと。」
ハヤトがそう言うと、長老はこくりと小さく頷いた。
「私も今、一目でわかりましたよ。この村の人たちは皆、
あなた方と同じです。私たちには、怒るという感情があり
ません。そのことでこれまでさぞ、苦労をされたことでし
ょうね?」

ハヤトとサツキの心情を察して、長老は顔を曇らせた。そ
の表情を見た瞬間、ハヤトは胸の中に溜め込んだ思いを、
この人に打ち明けたいという衝動に駆られた。






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