(3)


「教えて下さい。どうして僕たちはこんなに悲しいのでし
ょうか?こんなに苦しいのでしょうか?
僕たちの心の中にはいつも悲しみや苦しみがあって、一時
たりとも離れることはありません。怒りの感情がないとい
うのは、こんなにも苦しいものなのですか?
どうしたら普通の人たちのように生きられるのですか?」
ハヤトは思いきって胸に溜め込んだ思いを長老にぶつけた。

長老はしばらく考え込んでから、ゆっくりと口を開いた。
「わかりません。てすが‥‥これだけははっきり断言出来
ます。私たちの“怒らない”という特性は、決して欠点で
はないのです。
私たちは平和的な人間です。暴力を自制するのではなく、
はなから暴力を振るう能力がないのです。その代わり、私
たちは“許す”ことに長けています。怒りや暴力の代わり
に、許すことで問題を解決しようとします。その意味で私
たちは、“新しい人間”と言っていいでしょう。
私たちは、私たちを憎み、傷つける人たちを許します。暴
力や戦争などの過ちを犯してしまった人たちを許すことが
出来ます。そしてその人たちの心の平穏を祈ることが出来
ます。これは特別な力です。普通の人たちには困難なこと
なのです。だから怒らないのは欠点ではありません。私た
ちは怒りの感情の欠けた不完全な人間ではなく、“新しい
人間”なのです。」

長老の言葉を聞いて、ハヤトははっとした。そうだ、サツ
キの母親は臨終の間際にサツキを許し、サツキに許しを乞
うた。それであんなに安らかな顔で死んだのだ。怒りや憎
しみから解放されて、最後に許すことが出来たのだ。心の
苦しみを消すことが出来るのは、怒りや憎しみや暴力など
ではない。許すことだけなのだ。

「怒りや憎しみを抱いている人たちも、苦しいのですね?
僕たちよりもずっと苦しいのですね?」
ハヤトの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

長老は頷いて話し続けた。
「もうひとつ、私たちには特別な力があります。私たちは
相手が自分と同じ人間かどうか、その目を見ればすぐにわ
かります。そしてお互いを引きつけあう力があります。こ
の村の人たちは皆、あなた方と同じように、何かに導かれ
るようにして、ここに辿り着いたのです。そしてこの場所
に落ち着き、村の住人になったのです。
このような村は、ここだけではない筈です。きっと世界中
の此処彼処に、私たちと同じ“新しい人間”の村がある筈
です。私たちは決して孤独ではないのです。
あなた方もここに落ち着いてはどうですか?何もない小さ
な村ですが、怒りや暴力に苛まれることなく、静かに暮ら
せますよ。」

ハヤトとサツキは顔を見合せ、小さく頷いた。気持ちはも
う決まっているようだった。ただハヤトにはまだ、心の中
に引っかかっているものがあった。






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