(4)
「もうひとつだけ教えて下さい。世界はもうこの先、長く
はもたないでしょう。人間はいずれ近いうちに滅びるのだ
と思います。だとしたら、僕たちのような人間は何故生ま
れて来たのですか?
僕たちが“新しい人間”なのだとしたら、救いのない、未
来のないこの時代に、僕たちが生まれて来た理由は何なの
ですか?僕たちが今存在することに、何の意味があるので
すか?世界が滅びようとしている今、僕たちは何をすれば
いいのですか?」
ハヤトは最後の疑問を長老に告げた。
「たしかにあなたの言う通り、人間は滅びるのかもしれま
せんね‥‥。」
そう答えると長老は、自分の頭の中を整理するように考え
込んでから、ゆっくりと話し始めた。
「これまでの歴史の中で、私たちはたくさんの過ちを犯し
て来ました。今、そのつけが回ってきたのだと言ってもい
いでしょう。
人間全体の歴史は丁度、一人の人間の生涯になぞらえるこ
とが出来ると思います。人が生まれてきた時は、何の知識
も力も持ち合わせてはいません。ですが成長するに従って
知識を蓄え、力を身につけていきます。
幼年期から青年期になると、様々な欲望が内に生まれ、あ
り余る若さに任せて享楽に耽ったり、時に羽目を外して無
謀なことをしたりもするでしょう。
そうして歳を重ね、気がつくと人生は下り坂に差しかかり、
かつてのみなぎる活力は失われ、逆にかつての過ちの埋め
合わせをしなければならなくなります。病に冒され、老い
が容赦なく襲って来るでしょう。
歴史も同じです。太古の昔から人間は火を使い、道具を使
い、進化を重ねて文明を築いて来ましたが、その過程で様
々な過ちも犯しました。暴力、戦争、環境破壊‥‥自分で
自分の首を絞めるようなことをして来たつけが、今になっ
て回って来ているのです。
あなたの言う通り、私たちの未来はそう長くはないのかも
しれません。ですが‥‥過去を嘆いても仕方がありません。
残された時間があまりないのだとしたら、私たちに出来る
ことは何なのでしょうか?何をすべきなのでしょうか?」
長老はここでまた少し間を開けてから、言葉を慎重に選ぶ
ようにして先を続けた。
「人生の最期を迎える時、人はどんな心持ちになるもので
しょう?若い頃の過ちを悔やみながら、淋しく死んでいく
のでしょうか?そうではありません。いい思い出も悪い思
い出も全て受け入れて、穏やかな心で最期を迎えようとす
る筈です。人間の歴史の最期もそうあるべきです。
この世界ではかつて、様々な生き物が生まれ、そして滅ん
で来ました。環境の移り変わりに応じて、古い命から新し
い命へとバトンを繋いで来ました。人間もそうあるべきで
す。これから生まれる新しい生命に席を譲って、静かに幕
を引く‥‥私たち“新しい人間”は、そのために生まれた
のではないでしょうか?
人間が犯してきた過去の過ちを許し、受け入れ、心穏やか
に最期の時を待つ‥‥そのために私たちは生まれて来た、
そんな気がするのです。」
ここまで言うと長老は口を閉じて、ハヤトとサツキの顔を
まじまじと見つめた。二人とも晴れやかな表情をしていた。
最後に長老は、こう言葉を結んだ。
「恐れることも案じることもありません。私たちがここで
出来ること、やらなければいけないことはひとつだけ‥‥
最期の時が来るまで、精一杯生きるのです。」
前へ 戻る 次へ
|