第三章 皇帝

(1)


ハヤトとエイゴが次に訪れた町は、前の町より少し小さく
て、少し安全そうに見えた。というのも、前の町ほど高い
建物もなく、壊されてもいなかったからだ。疎らにではあ
るが、町中に人の姿もあった。
「とりあえず、泊まる所を探そう。」
エイゴがハヤトに言った。

二人は大きな通りを外れて、人家のある場所を探した。し
ばらく歩いたところで、数件の家が建ち並んでいるのを見
つけ、その中で一番大きな家のドアを叩いた。程なくドア
が開いて、中からぼさぼさ頭の中年女が現れた。女はぎょ
ろぎょろと不審そうに二人を見回した。
「この町に宿屋はあるかい?」
「そんな気の効いたもんはないよ。」
「今夜泊まる所を探してるんだが。」
「うちは願い下げだね。他を当たっとくれ。」
そう答えるや否や、女は勢いよくドアを閉めてしまった。
二人は並びの家を一軒ずつ訪ねたが、何処も返事は一緒だ
った。
その後、裏通りを歩いて、見つけた家をしらみ潰しに当た
ったが、泊めてくれる所は見つからなかった。
途方に暮れて歩いていると、町の中心部らしき広場に行き
着いた。
「ひと休みしよう。」
二人はすっかり疲れ切ってベンチに腰を降ろし、しばらく
言葉もなくぼんやり辺りを見回していた。
向かい側のベンチに一人、ぼろぼろのコートを身に纏った、
浮浪者らしき老人がうつ向いて座っているのが見える。そ
こへ三人の男たちが、大声で喋ったり笑ったりしながら歩
いて来た。男たちは手に酒の瓶を持っていて、みな酔って
いた。
「おやおや!これはこれは、皇帝さまじゃあないか!」
ベンチの前まで来て、一人の男が老人に気づいて言った。
「この寒いのに、こんな所で一人寂しく何してるんだ?」
男は老人に顔を近づけて、馬鹿にするような口調で囁いた。
他の二人もその横で、くすくすと笑って見ていた。
「このまま素通りしちゃあ、皇帝さまに失礼だな。体があ
ったまるように、酒をご馳走してやろう。」
男は、持っていた酒瓶を老人の頭の上で逆さに返した。老
人の頭に酒が勢いよく流れ落ちて、老人はびしょ濡れにな
った。
それを見て他の二人は、腹を抱えて大笑いした。
「こいつはいいや!俺たちもお裾分けしよう!」
そう言うと二人も、老人の頭に酒を浴びせかけた。老人は
抵抗もせず、ただじっとしているだけだった。
時折、その近くを人が通りかかったが、みな足を止めるで
もなく、見て見ぬ振りをしたり、にやにや笑いながら行っ
てしまうのだった。

「ひどいことをするな。」
ハヤトがそう言うのと同時に、エイゴは立ち上がって男た
ちに近づいて行った。
「おい、いい加減そのぐらいにしておけよ。」
「何だ?よそ者は黙ってろ!今までこの男が何をしてきた
か、知りもしないで口を出すんじゃねえ!」
男たちが息巻いてそう凄んでも、エイゴはたじろぐことな
く、お互いにしばらくじっと睨み合っていた。
「ちっ、酔いが醒めちまうぜ!」
男たちはそう吐き捨てると、よろよろとおぼつかない足取
りで立ち去って行った。

「大丈夫ですか?」
ハヤトが老人に駆け寄り、ポケットからハンカチを出して
酒を拭きながら顔を覗き込んだ。よく見るとその浮浪者は
老人ではなく、まだ四、五十歳ぐらいのようだった。浮浪
者はハヤトに介抱されても微動だにせず、虚ろな目で足元
に視線を落としていた。

「様子がおかしいぜ。この男、気が変なんじゃないか?」
エイゴが訝しげにそう言うと、浮浪者はおもむろに立ち上
がり、ふらふらとその場を去って行った。






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