(3)


翌朝早く、ハヤトとエイゴは物置小屋の扉を叩く音で目を
覚まされた。扉を開けると家主の男が立っていた。
「約束通り金を払ってもらおうか。」

エイゴが金を払うと、横からハヤトが男に話し掛けた。
「ひとつお聞きしてもいいですか?」
「何だ?」
「昨日広場で、皇帝と呼ばれている浮浪者を見かけたんで
すが、その人のことが気になって‥‥」
「ああ、あの男か。」
「どうしてあの人は皇帝と呼ばれているのですか?」
「皇帝だからさ。あいつは本当に皇帝だったんだ。」
「本当に?どういうことですか?」
「聞きたいか?皇帝の悲しくも滑稽な物語を。」
男は、さも楽しそうに含み笑いをしながら話し始めた。

「あいつは元々、この町の市長だったんだ。最初のうちは
よかったよ。何かと物騒なこの世の中にしては、ここは市
長のお陰でわりと平和だった。ところがそのうち様子が変
わって来た。人の欲ってのは恐ろしいもので、あいつはま
るで人が変わったみたいに、どんどんより強い権力を欲し
がるようになったんだ。町の法律を勝手にねじ曲げて、皇
帝っていう肩書きを作って、自分がその地位に座った。そ
の後はもう、やりたい放題さ。税金って名目で俺たちから
金を搾り取るだけ搾り取って、自分は贅沢三昧の暮らしを
していやがった。盾突く奴は片っ端から捕まって処刑され
た。はっきり言って独裁者、暴君だったね。」
男はポケットから煙草を出し、火をつけて話し続けた。
「ある時、あいつはある女に目をつけた。亭主がいたが、
町一番の美人だった。あいつはその女にすっかり惚れ込ん
じまったのさ。どうしてもその女のことが欲しくなった。
それで女を無理矢理亭主から奪い取って、自分の妻にした
んだ。亭主はショックのあまり自殺しちまった。まったく
酷い話だよな。
皇帝の妻になった女は、それで悲しむどころか、逆に喜ん
で新しい夫に奉仕した。前の亭主など忘れてしまったみた
いに。やがて子供が生まれて、あいつは有頂天だったろう
よ。妻と子供を溺愛してたからな。冷たい女だと思うだろ
う?ところがそうじゃなかったんだ。」
男は煙草の煙を大きく吸い込んで吐き出した。
「そんな幸せ絶頂の最中、女はあいつに復讐したんだ。前
の亭主のことを忘れてはいなかったんだな。愛する男を奪
われた恨みを晴らす時を、密かに待っていたんだ。彼女、
何をしたと思う?」
男は笑いながらこう言った。
「幼い子供を抱いたまま、頭から油をかぶって火をつけた
のさ。あの広場でね。」
「まさか!」
ハヤトが思わず声を上げると、男はさも嬉しそうな顔をし
て、なおも話し続けた。
「丸焦げになった妻と子を目の当たりにして、あいつは頭
がおかしくなっちまった。それで今じゃあ、残飯をあさっ
て路上で寝る乞食生活になっちまたって訳さ。皇帝から乞
食へ‥‥人生の転落を絵に描いたようなやつだな。」
ここまで話すと、男は煙草を投げ捨てて、呆然としている
ハヤトとエイゴの様子に満足したように両手を上げた。
「これで話は終わりだ。さあ、お別れだな。出て行ってく
れ。」

二人は男の家を後にすると、そのまま町を出て行った。
それでもまだハヤトの頭からは、あの浮浪者の虚ろな悲し
い目が離れなかった。
(人は何故、多くを欲しがるのだろう?人のものを奪って
までも。)

「まだあの男のことを考えてるのか?」
エイゴにそう言われて、ハヤトは黙って頷いた。
「頭がおかしくなっても仕方ないよ。自分のしたことの報
いさ。」
「うん‥‥でももしかしたら、皇帝だった頃からおかしか
ったのかもしれないよ。」
「そうかもな。」

町を去る二人の背中から、朝日が昇り始めていた。






前へ          戻る          次へ