(3)


翌朝、エイゴが目を覚ますと、隣で寝ているハヤトが、昨
日よりも辛そうな顔をしていた。
「大丈夫か?」
エイゴはハヤトの額に手を当てると、驚いて叫んだ。
「すごい熱じゃないか!」
「ごめんよ‥‥」
ハヤトは目を開けて、苦しそうに荒い息をしながら言った。
「今日は一日ここで寝てろよ。後で何か食べる物を買って
来るよ。」
エイゴは部屋を出て、家主の老婆に事情を説明した。
「連れの具合が悪いんだ。二三日泊まってもいいかな?」
「金さえ払えば構わないよ。」
老婆は渋い顔をしながらも、そう答えた。

昼過ぎになって、エイゴが食べ物を買いに隣の酒場に行く
と、昨日の少年が店の前にしゃがみ込んでいた。
「また酒を頼まれたのか?」
エイゴが尋ねると、少年はこくりと小さく頷いた。
「ちょっと待ってな。」
そう言うとエイゴは、店の中に入って行き、酒瓶を手に戻
って来た。
「ほら、持って行きな。」
酒瓶を差し出されると、少年はエイゴの顔を見上げてもじ
もじしていた。
「遠慮するなよ、ほら。」
「どうもありがとう。」
少年は、ようやく酒を受け取って礼を言うと、ふらふらと
立ち上がり、ごほごほと咳をしながらおぼつかない足取り
で歩き出した。
「家まで送って行ってやるよ。」
少年の様子を心配して、エイゴは一緒に歩いて行った。

「お前の父親はお前をよく殴るのか?」
歩きながらエイゴは少年に聞いた。
「うん‥‥でも、足を怪我する前は違ったよ。すごく優し
かったよ。本当だよ。嘘じゃないよ。」
必死になって父親をかばおうとする少年を見て、エイゴの
胸は苦しくなった。どれだけ暴力を振るわれても、この子
は父親が好きなのだ。彼の記憶の中から、優しかった頃の
父親を消し去ることは出来ないのだ。そう思うとなおさら
に、今の父親が腹立たしく許せなかった。

宿屋や酒場から程近い場所に、少年の家はあった。中に入
ると、狭い部屋の中央のテーブルに、少年の父親らしき男
が座っていた。少年の父親は、ぼさぼさの髪に無精髭を生
やし、よれよれの薄汚れた服を着て、酒に酔った虚ろな顔
をしていた。テーブルの上とその周辺の床には、空の酒瓶
が何本も転がっていた。
「酒は持って来たか?」
少年を見るなり、父親は冷たい低い声で言った。
「うん。」
少年が酒瓶を差し出すと、父親はそれを奪い取った。
「この人が買ってくれたんだよ。」
「ふん‥‥」
父親はエイゴの方を見向きもせず、酒の封を開けてグラス
に注いだ。少年はそれきり言うこともなく、押し黙ってし
まった。
「何か用があるのか?ないなら帰ってくれ。」
いつまでも少年の横に立っているエイゴに、父親は苛立ち
を隠さずに言った。
「あんた、この子を殴るそうじゃないか?身体中あざだら
けだぞ。」
「ふん、知ったことか!」
「子供を殴る親は人間のくずだ!」
「何だと!」
父親はゆっくりと立ち上がり、エイゴを睨みつけた。今に
も掴み合いそうな様子の二人を見て、少年は怯えきって泣
き出しそうな顔になった。
エイゴは視線を外し、くるりと背中を向けて、扉の方へ歩
いた。すると父親も座り直して、不機嫌そうに酒を飲み始
めた。

「二度とこの子に暴力を振るうなよ!さもないと俺がただ
じゃおかないからな!」
扉の手前でエイゴは再び父親を見て、脅しつけるように言
った。父親は何も言わずに酒を飲み続けていた。
エイゴは少年の頭にそっと手を当てた。
「今度親父に殴られたら、俺に言いに来いよ。婆さんがや
ってる宿屋にしばらくいるから。」
少年がこくりと頷くと、エイゴはそのまま部屋から出て行
った。






前へ          戻る          次へ