(4)
それから丸二日間、ハヤトは宿屋で寝込んで、三日目の朝
にようやく元気になった。
「歩けるか?」
「うん、大丈夫だ。」
二人はすぐに町を発つことにした。
部屋を出て玄関まで来ると、戸口の向こう側から話し声が
聞こえて来た。
「可哀想だから、みんなで墓地の片隅まで運んで埋めてや
ったよ。」
「まったく酷い親父だねえ。呆れて物も言えないよ。」
エイゴは胸騒ぎがして、急いで扉を開けた。
そこには家主の老婆と酒場の店主が立っていた。
「今の話、誰のことだ?」
「ああ、この前あんたが酒を恵んでやった子だよ。」
酒場の店主が答えた。
「死んだのか?」
「今朝、道端に冷たくなって転がってた。夕べ親父に家を
追い出されたんだろうな。ろくに飯も食わせてもらえずに
弱った体じゃあ、この寒さに耐えきれなかったんだろう。
親父に知らせてやったが、へべれけに酔い潰れて埒があか
ないから、俺たちで埋めてやったんだ。」
その時、エイゴの頭の中で何かが弾けた。次の瞬間、少年
の家へ向かって走り出していた。
乱暴に扉を開け、部屋の中へ入ると、泥酔した少年の父親
がテーブルに突っ伏して眠っていた。エイゴが父親の目の
前まで近寄って行くと、父親は目を覚まして、朦朧とした
目で彼を見上げた。
「忠告した筈だ。あの子に何かあったらただじゃおかない
と。」
エイゴは、怒りで震える声で言った。
「ああ?あいつがどうかしたのか?」
「死んだよ。」
「死んだ?」
父親は、言葉の意味がよく理解出来ない様子で、しばらく
考えていた。
「そうか‥‥ふん、食いぶちが減って清々したぜ。」
「何だと!」
父親はそのまままた顔を伏せて眠ってしまった。
エイゴの頭の中に、子供の頃に親から虐待を受けたおぞま
しい記憶が甦った。そして懐から銃を抜いて、父親のこめ
かみに銃口を当てた。
「くずめ!思い知れ!」
「エイゴ!」
その時、ハヤトが部屋に飛び込んで来て叫んだ。
「エイゴ!エイゴ!」
ハヤトが叫ぶ。
エイゴはゆっくりと引き金に指を掛けた。
その手は小刻みに震えている。
「エイゴ!エイゴ!エイゴ!」
ハヤトが死に物狂いで叫び続ける。
エイゴは銃を構えたまま、微動だにしない。その頬から首
筋へ、冷たい汗が一筋流れ落ちた。
「エイゴ!エイゴ!エイゴ!」
やがてエイゴはゆっくりと目を閉じ、ふうっと一つ大きく
息を吐くと、引き金から指を外して、銃を持った手を下に
降ろした。
それを見てハヤトは、安堵のため息をついた。
「行こう。」
エイゴはハヤトにそう声を掛けて、ふらふらと部屋を出て
行った。ハヤトも後について行った。
風が冷たかった。二人は町を出る真っ直ぐな道を、交わす
言葉も見つからずに押し黙って歩いた。長い沈黙の後、ハ
ヤトが自分に言い聞かせるように静かに言った。
「あの子、天国に行ったよきっと。君の弟も。」
「だといいな。」
エイゴは、ほんの少しだけ笑ってみせた。
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