(2)


林の中から現れたのは、鼠色のぼろぼろのコートを着た、
全身泥まみれの男だった。男は、真っ黒な顔の中から白い
獣のような目だけをぎらつかせて、脇目も振らずにハヤト
の方へ近づいて来た。ハヤトは驚いて立ち上がり、二三歩
後退りしたが、恐怖のあまり体が固まって、それきり動け
なくなってしまった。
焚き火の前まで来ると男は屈み込んで、そこにあったパン
にかじりついた。それから紙袋を覗き込んで、中の食べ物
をコートのポケットに次々に突っ込んでいった。その様子
をハヤトは、声も出せずにただじっと見ていた。

「これだけか?他にはないのか?」
食べ物を全部ポケットに入れ終わると、男はハヤトを睨み
付けて、脅すように言った。ハヤトは無言で首を横に振っ
た。
「金は持ってるか?」
男の問いかけに、ハヤトはまた首を振った。
「本当か?」
男は立ち上がって、ハヤトに近づいて来た。ハヤトは恐ろ
しくて、逃げることも声を出すことも出来なかった。

「ハヤト!」
その時、林の中からエイゴが飛び出して来て叫んだ。エイ
ゴは走りながら、銃を空に向けて二発撃ち、乾いた銃声が
轟いた。それを見て男は慌てて逃げて行った。ハヤトは全
身の力が抜けて、へなへなとその場に座り込んでしまった。

「大丈夫か?」
エイゴがハヤトに駆け寄って言った。
「うん、でも‥‥食べ物を全部盗られちゃった。」
「仕方ないさ。まさかこんな所に人がいるとはな。」
「ごめんね。」
ハヤトはすっかり落ち込んで、下を向いてか細い声を絞り
出した。
「いや、俺が悪かった。こんな所でお前を一人にするんじ
ゃなかった。」
「ううん、僕がこんなに臆病なせいさ。ごめんよ。いつも
君に迷惑かけてばかりで‥‥」
ハヤトは自分が情けなくて、エイゴの顔を見ることが出来
なかった。
「いいんだそんなこと。そこがお前のいい所でもあるんだ
から。」
そう言ってエイゴは笑ったが、ハヤトは顔を上げなかった。
「僕は足手まといだね‥‥どうして僕はこんななんだろう?
僕は‥‥僕は‥‥もっと強くなりたい‥‥エイゴみたいに
‥‥普通の人間みたいに‥‥」
「ハヤト!」
エイゴは急に語気を強めて言った。
「俺は本気で言ってるんだぜ。お前は臆病だがその分優し
い。怒るってことが全然ない。どんなことにも、誰に対し
ても怒らないなんて、凄いことだよ。俺はすぐにかっとな
っちまう。俺の親にそっくりだ。だから‥‥怖いんだ。俺
の親はくずだったけど、いつか自分も親みたいなくずにな
っちまうんじゃないかってな。でも‥‥お前がいたら大丈
夫だって気がする。お前が傍にいてくれたら、俺はくずに
ならないで生きていける‥‥そんな気がするんだ。だから
‥‥そんなに自分を責めるなよ。」
ハヤトは頭を垂れたまま、肩を震わせて泣き出した。
「ありがとう‥‥」
エイゴは泣きじゃくるハヤトに寄り添い、そっと肩を抱い
た。






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