第八章 サツキ

(1)


林の中で一晩を過ごしたハヤトとエイゴは、翌朝明るくな
るとすぐに出発した。道は山間部に差し掛かって更に険し
くなり、寒さもより厳しくなって来た。空腹と疲労も相ま
って、二人の歩みは徐々に鈍っていった。

日が傾き始めた頃、枯れた林の中の長い緩やかな山道を登
って行くと、突然目の前が開けて、山に囲まれたすり鉢状
の地形の底に、小さな村落があるのが見えた。
「助かった。村があるぞ。」
二人はほっと胸を撫で下ろし、疲れも忘れて一気に山道を
駆け降りて行った。

そこは寂れた村だった。小さな林や畑の中に、人家や小屋
がぽつりぽつりと点在しているだけで、人の姿は見当たら
なかった。
しばらく歩いていると、家の裏の納屋から薪の束を抱えて
出てきた男がいたので、二人は声を掛けてみた。

「旅をしてる者だけど、この村に宿はあるかい?」
「そんなものないよ。」
男は不機嫌そうに答えた。
「何処かに食べ物を買える所はないか?」
「ここじゃ金なんて紙くずみたいなもんだ。食い物が欲し
けりゃあ働くんだな。」
「働くって‥‥どうやって?」
「牛飼いの所に行ってみな。」
「牛飼い?」
「この村には畑持ちと牛飼いがいる。俺たち畑持ちは今の
時期はあんまりやることもないんだが、牛飼いのとこなら
年中仕事がある。何処も人手が足りない筈だから、行けば
やることがあるだろうよ。」
「そうか、ありがとう。」

二人は男に別れを告げて、更に村の奥の方へ進んで行った。
すると、裏に牛舎らしき小屋がある家を見つけた。
「あれが牛飼いの家だな。」
エイゴが家の戸を叩くと、中から五十歳前後の小太りの男
が出て来た。それがこの家の主人だった。事情を説明する
と、主人は二つ返事で二人の頼みを聞いた。
「ちょうどよかった。腰を痛めて困ってたところだ。しば
らく手伝ってもらおう。」
牛飼いの主人は、すぐさま二人を裏の牛舎に連れて行った。
牛舎には十頭あまりの牛が繋がれていて、主人と同じぐら
いの年格好の太った女と、ハヤトと同い年ぐらいの色の白
い痩せた若い女が、牛に餌をやっていた。
「仕事は女房に教えてもらえ。」
牛飼いの主人は顎で太った女を指すと、そのまま家に戻っ
て行った。

ハヤトとエイゴは仕事を教わりながら、見よう見まねで手
伝い始めた。ハヤトは若い女の仕事を手伝おうと思って近
づいて行き、初めて近くで目と目を合わせた。
すると一瞬、二人は驚いたような顔をなって、しばらくじ
っと見つめ合っていたが、それきり言葉を掛けるでもなく、
ただ黙って一緒に餌やりの仕事をし始めた。






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