(4)
ハヤトとサツキは、夜道を並んで歩いていた。サツキはま
だ、足元がふらついていたので、ハヤトは彼女に合わせて
ゆっくり歩いた。
「牛飼いの夫婦が話してたんだけど‥‥君のお母さんは君
のことを奴隷のように働かせてるって。本当なの?君のお
母さんはそんなに酷い人なのかい?」
サツキはハヤトの問いかけには答えず、少し考えてからゆ
っくりと話し始めた。
「私のお母さんはね、とても可哀想な人なの。若い頃から
一人で苦労して生きて来て、そのせいで病気になってしま
って、今ではもう一人で何も出来ないのよ。私の他に頼れ
る人は誰もいないの。だから私はお母さんの為なら、どん
なことでもしてあげたいの。少しぐらい辛くされても平気
よ。本当の親子じゃあないんだけど‥‥私はお母さんを、
本当のお母さんだと思ってるわ。」
サツキの言葉を聞いて、ハヤトは胸が苦しくなって立ち止
まった。そしてサツキの顔を真っ直ぐに見て言った。
「僕は‥‥僕は‥‥君を助けたい。」
サツキは驚いて、ハヤトの顔を見返した。
「僕に何かさせてくれないか?」
「ありがとう。でも大丈夫、私は平気よ。」
サツキは目頭が熱くなって、うつ向いて小さな声でそう答
えた。
二人がサツキの家の前まで辿り着くと、サツキは玄関の扉
を叩いて開いた。ハヤトが想像していた通りの、古びた小
さな家だった。
「ただいま。」
サツキがそう言うと、中から母親の声が聞こえて来た。
「遅かったじゃないか!何をぐずぐずしてたんだい!あた
しを飢え死にさせる気かい!早く食事の支度をしな!」
ハヤトはその声を聞いただけで、どんな母親なのかが手に
取るように解った。激しい怒りや憎しみが滲み出した、刺
々しい冷たい声だった。
「送ってくれてありがとう。私は平気だから、心配しない
で。また明日ね。」
サツキは力なく微笑んで、静かに扉を閉めた。
一人家の前に取り残されたハヤトは、扉の前に立ったまま、
下を向いてしばらく動けないでいた。
風が急に冷たくなった気がした。
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